2008年07月10日

【オカリナ】オカリナの思いで 第1部 オカリナとの出会い(受験生時代の思い出と共に)

PC内のデータの整理をしていたら、平成13年当時、プライベートのHPに掲載していた、「オカリナ」という土笛についての思いをつづった文章が出てきました。余りにも懐かしく、私の受験生時代のほろ苦い思い出などもつづられており、なかなか面白い文章だったので、ここに再掲してみることにします。
7部構成になっていますので、1回に付き1部ずつということで(笑)。

ちなみに、目次は以下のようになります。

第1部 オカリナとの出会い(受験生時代の思い出と共に)
第2部 宗次郎さんのCDを購入
第3部 アルトのC管
第4部 ある庭園で
第5部 ダブレットとの出会い
第6部 ダブレットくん大活躍
(1)ウィーン・ザルツブルグにて
(2)司法修習生時代
第7部 今後

では、第1部をお楽しみください。

1 オカリナとの出会い(受験生時代の思い出と共に)
  それは、平成5年9月ころ。僕はその頃司法試験受験生。なかなか択一試験(司法試験の最初に行われるマークシート式の足切り試験) に通らず、大学を卒業して3年目ということもあり、その年の択一試験の失敗の報告を両親にしたところ、しびれを切らした父親が「もうやめてしまえ。浜松に戻って就職をしろ。能力がないのなら、これ以上やっていても時間の 無駄だ。」と雷を落としてきた。今から思えば「愛の鞭」である。
  自分自身勢い込んで受験を始めたものの、なかなか合格する兆しが見えず、少しばかり迷っていた時期でもあったため、 この言葉には堪えた。
  それからというもの、ご飯は喉に通らず、睡眠もおぼつかず、ストレスばかりが溜まり、僕の心と身体は日増しに衰弱していった。 夏になり、大学時代に所属していた「法友会」という法律サークルからお呼びがかかり、夏合宿のチューターとして合宿に参加して くれないかとの要請。気分転換とばかりに参加することにした。
  合宿では大学生相手に「どちらかがぶっ倒れるまでやるぞ。」と気合いを入れてゼミを行った。3泊4日のゼミだったが 2日目の夜に後輩相手に酒を飲んでいると突然足が立たなくなってきた。「おかしいなぁ。お酒を飲んでこんな風になったことはないんだけどなぁ」 などと思いながら、布団の上に倒れ込むようにして横になり、その日は寝た。
  翌朝、食事の時間だというので布団から出ようとすると「あれ?起きあがれないぞ。腹筋が全くきかないぞ。おいおい、誰か起こしてくれないかぁ。」 と助けを呼ぶも誰も冗談を言っていると思って相手にしてくれない。食事時になっても全く食事部屋に降りてこない僕を心配して後輩達が様子を 見に来てくれた。
 「小野さん、冗談じゃなかったんですね。」
  結局、「どちらかがぶっ倒れるまで」ゼミは、僕がぶっ倒れてしまった。
  その後、少しも快方に向かわないので、宿の人が病院を紹介してくれ、後輩に担がれて一路病院へ。色々と検査をしたあげく、お医者さん曰く
 「これはヤバイですなぁ。」
 「どうやばいんですか?」
 「あなたの症状は、ギラン・バレー症候群といって、下半身から徐々に神経が麻痺する病気に似ています。このまま放っておくと、麻痺が上半身に及んで 呼吸器官も麻痺します。そうしたら、人工呼吸器を付ける手術をしなければなりません。今すぐ入院を要します。親にすぐにでも来てもらうよう手配をしますから、連絡先を教えてください。」
 「え????呼吸器官が麻痺したらどうなるの?死んじゃうの?うそ~~~」
  「大丈夫です。この病気で何人かは退院をされている人もいます。頑張りましょう。」
「え???何人かは・・・ということは、そうじゃない人もいるということ・・・???ガーーーーン」
 ナースセンターの隣の病室に入院。身体の麻痺はドンドンひどくなってくる。クーラーは体に悪いからとつけてくれない。暑いからと言って汗も拭えない。 のどが渇いたからといって冷たいものも飲めない。ベッドの上で身体が痛いからといって寝返りも打てない。変な話、おしっこがしたいからといってトイレにも行けない。尿瓶を不自由な体で一生懸命に 操ってやっとの思いで用を足す始末。看護婦さんは、僕の顔を見に来るたびに「息苦しくないですか?苦しくなったらすぐにでもコールしてくださいね。」と言ってくる。 苦悶の一日が明け、ようやく両親が病院に到着。親は医者から説明を聞いたのか真っ青な顔をしているが、僕を気遣うためか引きつりながらも冗談を言ったりしてくれた。 親の顔を見てホッとしたのか、なんだか急に息苦しくなってきた。
  「あっ、とうとう呼吸器官の麻痺が来たのか・・・・」 あわててナースコール。看護婦さんがあわてて酸素マスクを用意してくれ、僕の口にあてがってくれる。 先生が飛んでくる。
  「あ~、俺の命もこれまでか・・・」
  なんだか、いろんな思い出が頭の中を走馬燈のようにグルグル回り始め、それとともに、目尻にジワッと 涙が落ちる・・・ 死を覚悟した瞬間であった。
  そのまま、酸素マスクの影響なのか、薬の影響なのかわからないが、ぐっすり眠りに入ったようで、目が覚めたら明け方になっていた。 なんだか、身体が昨日までよりも軽くなっている。これはもしかしたら起きあがれるかも知れない・・・ 腹筋に力を入れてみると、起きあがることが出来た。もしかしたら、立ち上がれるかも知れない・・・壁に捕まりながらも立ち上がってみると立てた。
  「おっ!立てた。立てた。足が動くよ。歩けるよ。」
  ろくに睡眠もとらずに付き添ってくれた父親に子供のようにはしゃぎながら叫んでいた。いや~、この時ほど2本の足で立てる幸せを感じたことはないし、 生きていると実感した瞬間もない。本当に嬉しい一瞬だった。まず最初にしたことは、点滴をつけたまま、看護婦さんに内緒でトイレに行ったことだった。 翌日、お医者さんから説明を受けると、「栄養不良と脱水症状からくる麻痺です。特に血液中にカリウムが欠乏していました。 カリウムの点滴をしたところ、効果てきめんでしたね。カリウムというのはバナナに入っていますから、よく食べるようにして下さい。もう1日様子を見て、明日退院ということにしましょう。 よかったですね。」
  うん、本当に良かった。一時は死をも覚悟したが、実は栄養失調のようなもの。そういえばこの頃は、勉強の本を買い込むにも「もうやめろ」と言われていたために 親にお金を出してもらうようにお願いすることも出来ず、アルバイトをしながら勉強をし、食事代に困って毎食食パンだけをひたすら食べたり、友達からお米をもらって納豆ばかりをおかず 代わりにしていた時期でもあった。当の本人はダイエットにもなるぞなんて思いながら、減り続ける体重に喜んだりしていたのであるが、実はそれがやばかったようだ。80キロを超える体重が、 当時見る見るうちに65キロを切るまでに至っていた。
  その後、栄養をつけるべく、また、気分転換と静養を兼ねて、実家に1ヶ月戻ることにした。浜松に専門の病院があるとのことで、そこで検査を受けながらの静養。 この病院の近くに、ヤマハのお店がある。ここは、僕が中学・高校のころ、楽器(トロンボーン)欲しさに良く通ったところだ。結局見てるだけで終わったが・・・
  久しぶりに管楽器のコーナーへ足を運んでみる。その日、偶々そのコーナーではBGMでオカリナの演奏がかかっていた。
 「良い音色だなぁ。何の楽器だろう?」
  店員さんに聞いてみると、オカリナだという。「今はオカリナのフェアをやっています。興味があったら見ていきますか?」と言われ、オカリナのコーナーへ。 いろんなオカリナが置いてあった。可愛らしい、愛嬌のある楽器で、なんだか見た瞬間オカリナに僕の目が釘付けになってしまった。まるで僕を呼んでいるかのように感じた。
  そうなると、もういても立ってもいられない。値段を見たら4000円ほどであっため、財布の中味と相談しかろうじて買えるだけのお金が入っていた。
  「これはもう買うべし」
  即買いをし、家に持ち帰る。アケタのオカリナでF管のもの。色は黄色。小学校の頃からリコーダーが大好きで良く吹いていた。オカリナもその要領で結構吹けた。最初の1時間くらいは指使いがリコーダーと若干違う ため戸惑ったりしたが、それも覚えると簡単な曲であれば殆ど吹けるようになっていた。
  「これはいい。リコーダーのようにつばが溜まることもないし、音色も柔らかくて実に良い音色だ。」
  それからというもの、毎日時間さえあればオカリナを吹く日々。
  もし、僕が合宿中に倒れなかったら、オカリナと出会うことはなかったろうし、仮にあったとしても相当出会うのが遅れていただろうなぁ。いわば、怪我の功名である。 その後、僕の苦しい受験生活にオカリナが一服の清涼剤となっていってくれたのである。

投稿者 ono : 18:17 | コメント (3)

2007年10月09日

クロマチックハーモニカ

昨日、私が師事する、クロマチックハーモニカの「早川真琴」先生の門下生による発表会が、岩槻の「fu fu fu」というレストランで行われ、私も出演してきました。

久しぶりの人前での楽器演奏でした。
以前は、よくオカリナを吹いていました。友人・知人の結婚式では必ず演奏していました。
最近は、皆結婚してしまいましたので、呼ばれなくなりましたが・・・(笑)。

今年の5月ころから、クロマチックハーモニカを始めました。
オカリナよりボディが小さいこと、3オクターブという広範囲の音域を持つこと、重音奏法ができること(和音が出ること)、何となく格好いいこと(笑)等から、練習を始めたものの、最初の頃は、ろくに音すら出ず、甘く見ていたことをよく反省させられました。

無事、教本も1冊終わり、一通りの奏法もマスターし、いざ発表会を向かえました。

ピアノ伴奏は妻にお願いし、二人で色々な曲を試演しながら選曲したところ、ドヴォルザークの「ユーモレスク」で意見が一致し、それを演奏しました。

会場入りがギリギリになり、リハーサルができなかったアクシデントがあったものの、無事演奏し終えることができ、楽しい発表会となりました。もっとレパートリーを増やし、人前で定期的に演奏できる機会があると嬉しいなぁと思います。

全員の演奏後、懇談の時間になりましたが、来ていた子供を捕まえて、マジックショーになってしまったのは言うまでもない・・・(笑)。

投稿者 ono : 16:59 | コメント (2)

2006年06月15日

何故かドン・ジョバンニについての講演?

今晩、8時過ぎから、静岡市の「すみや」(静岡県最大手のCD屋さん)主催の音楽サークルにて、講演を行います。

題材は、モーツアルトの有名なオペラ「ドン・ジョバンニ」。
主人公ドン・ジョヴァンニは、数々の問題ある行動を劇中に犯すが、それらが現代の刑法に照らすと、罪になるのかどうか。

ちなみに、オペラの中では、ドン・ジョバンニは、騎士の石像によって地獄へ落とされることになる。特に劇中に裁判があるわけではない。

ドン・ジョバンニは、10年くらい前にビデオで見て以来、殆ど見ていなかった。当時は、修習生で時間があったので、よくオペラのLDを借りてきては見ていたものだ。弁護士になってからは、すっかりご無沙汰。

今回、久しぶりに当時みたビデオを引っ張り出してみたが、実に面白いし、風刺も効いている。音楽も素晴らしく、フルトヴェングラー指揮のウィーンフィルの演奏にもうっとりしてしまった。

ついつい音楽の方に気をとられつつ、筋を追いながら、問題点を整理し、犯罪性の検討をしていった。色々と考えていくと、劇中ではそもそも事実がぼやかされており、犯罪性の検討をするためにはぼやかされた事実がなんなのかを突き止める必要がでてきて、その事実認定を行ったり(・・・本業の血が騒ぐ・・・笑)、そんなことをしていると、ますます、このオペラで使われているシナリオが良くできているし、奥が深いなぁと感心させられる。

色々と考えながら、レジュメを作成しました。今晩の講演が終わりましたら、近日中にアップしてみたいと思います。

投稿者 ono : 10:14

2004年08月11日

ディジュリドゥ

ハテ?何のことだろう?と思うでしょう。
僕もつい最近まで知らなかった。世界最古の管楽器である。

先日まで、家族でオーストラリアのケアンズへ行って来ました。
おみやげ物屋さんに行くと必ずおいてある、筒状の長い木に、不思議なペイントがされている。
「ぼうわ~ん、びいゆ~ん」と、不思議な音がどこからともなく聞こえてくる。あたりを見渡すと、お店の人が、その筒状の木に口をあてて、格好良さげに吹いているではないか・・・
そう、それが世界最古の楽器。オーストラリアの原住民、アボリジニの人たちが数千年前から使っていた楽器。
どうやって、その楽器を作るのかと思ったら、シロアリの蟻塚に、ちょうど良い長さのユーカリの木を差し込み、シロアリに木の中の柔らかい部分を食べてもらって空洞にし、吹き口に蜜蝋をぬって吹きやすくするという、何とも原始的な作成方法。あとは木の表面を磨いて、アボリジニ特有の絵などを描いて装飾するのだそうだ。

僕は、小学校以来ブラスバンドに入っていて、ずっとトロンボーンを吹いていたので、こういう吹奏楽器をみると、知らずのうちに血湧き肉躍ってしまう(笑)。
早速、お店の人に楽器を借りてトライ。さすがに一発では音がでなかったが、少しするとコツがわかって音が出た。
お店の人に模範演奏をしてもらったら、その音がまた実に深みがあり、不思議でもあり、何ともいえない快感のようなものを感じ、またその吹く姿が実に格好良く見えてしまった。
ということで、急にその楽器が欲しくなり、思わずゲット(笑)。

そういえば、国内外を問わず、珍しい地方特有の楽器があると、どうしても挑戦したくなってしまい、買ってしまう・・・
オカリナ、ケーナ、ムックリ(アイヌの楽器)等々。
ディジュリドゥの音は、どことなく、このムックリの音に似ていたような気がするが、気のせいだろうか・・・

お店の人に、日本でもディジュリドゥ奏者として活躍している人がいるということを教えてもらい、その方のHP(哲Jさん)に行ってみた。
フムフム、個人指導もしているのか・・・・(へへへ)

ということで、また日常の楽しみが増えた(笑)。

<哲JさんのHP>
http://www.tets-j.com/

投稿者 ono : 23:15

2004年07月26日

ギタリスト 村治佳織

結婚後に、約2年ほど、ギターの師匠(鈴木豊先生)についてギターを習ったことがある。その時は、ギターの魅力にはまり込み、今まで殆ど聞かなかったギター曲のCDを買い漁ったものだ。
手先の器用な日本人は、ギターが得意なようで、邦人ギタリストにもそうそうたるメンバーがいることがよくわかる。最近では、木村大くんの超絶技巧ぶりが話題を呼んでいる。

そんな中、村治佳織さんのギターは、とても好感が持てる。
私がまだ司法試験の受験生をしていたときに、彼女がデビューし、可愛らしいギタリスト現ると言った感じで、どちらかというとビジュアル系的な扱いをされていたように思う。一度チケットをとったが、模擬試験と重なり行けなかった記憶がよみがえる。
彼女のギターは、とてもみずみずしく、さわやかで、かつ、上手い。何枚か買って聴いているうちにすっかり虜になってしまい、今はほぼすべてのCDを買って愛聴している。

そんな彼女が、いよいよ世界の一流レーベル「デッカ」から世界デビューした。Transformations というタイトル。そのタイトルの意味するところは、「日本の村治から、世界のMurajiへ」、と言ったところだろうが、我々ギターファンであり、村治ファンからすれば、イチローや松井のメジャー移籍と同じくらい感動的で、かつ、喜ばしい。

彼女の今後の活躍をますます祈るばかりである。

<関連記事>
http://www.universal-music.co.jp/classics/kaori_muraji/discography.html

投稿者 ono : 23:12

2004年07月22日

カルロス・クライバー逝去

クライバーが亡くなった。
実に残念なニュースである。
彼ほど、僕の心を捉えて離さなかった指揮者は、他にはテンシュテットをおいていない。
クライバーのベートーベン(5番、7番)のグラモフォンから出ているレコードに嵌って以来、今日に至るまで、彼の正規盤はもちろんのこと、海賊盤も探し回っては買い漁ったものだ。
彼の映像を見て惚れ惚れし、演奏を聴いて惚れ惚れし、我が青春の一ページを間違いなく彼の音楽は占めている。
彼の紡ぎ出す音楽の心地よさ、興奮、聞き終わった後の爽快感、どれをとっても天才だった。
一度生で聴きたかったが、適わなかった。
今日は、クライバーの音楽を聴きながら、お通夜をしよう。
合掌。

<関連記事>
http://www.asahi.com/culture/update/0720/004.html

投稿者 ono : 23:08