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2009年04月30日

【オカリナ】オカリナの思い出 第5部~最終章、番外編まで

オカリナの思い出と題する昔書いたエッセイを連載していたことをすっかり忘れており、友人から

「あれどうなったの?楽しみにしてるんだけど。」

などという、予想外の嬉しい言葉を頂いたもので、急遽原稿を探して、最終章、そして番外編までを掲載させて頂きます。
一応、今回が最終回となります。

【目次】
第5章 ダブレットとの出会い
第6章 ダブレットくん大活躍
(1)ウィーン・ザルツブルグにて
(2)司法修習生時代
第7章 今後
番外編

それでは、お楽しみください。

5 ダブレットとの出会い

  オカリナの難点は、何と言っても音域の狭さ。普通のオカリナでは、1オクターブ半ほどしか出ない。その音域で演奏できる曲というのは、やはり必然的に限られてくる。もっと音域の広いオカリナはないものかなぁ・・・ とオカリナを制作している会社のパンフレットを漁り始めた。そうすると、同じくアケタというお店が「ダブレット」と言って2オクターブ半もでるオカリナを作っているではないか・・・
  一体どんな仕掛けなんだ?と思って調べると、通常10穴しかないオカリナに16穴も開け、おまけに吹き口も2つあるという。要は、普通のオカリナに小さなオカリナを合体させて1つのオカリナのような体裁を保ち、実際演奏するときには 高い音を吹くときは吹き口を替えながら演奏するというものである。型名は「Tー4F」。値段は何と2万円。普通の楽器の4倍近くもする。でも欲しい。嫌、絶対に手に入れないと気が済まない(笑)。でもこんなの、本当に売っているんだろうか・・・と思い、銀座のヤマハへ足を向けた。
  店員さんに話をしたら、実物があるというので見せてもらうことにした。在庫は2つしかありませんので、どちらかを試奏して気に入った方を持っていってください、 とのことだった。早速2台のダブレットを持って試奏室へ。吹いてみるんだけど、なかなか思うように操れない。音もそう簡単にでない。これは練習のし甲斐があるぞ。と思い、大枚をはたいて音程の良い方を購入。その日からはただひたすらダブレットの練習に向かう。 といっても、本業の司法試験の勉強の合間を縫ってということであるが・・・
  吹き口が2つあり、これを自由自在に口を滑らして吹き分けなければならない。しかし、なかなかスムーズに口が滑らない。そうです、すぐに乾燥してしまうのです。吹き口の周りを一生懸命なめて乾燥しないようにしたりしても、所詮つばきではすぐに乾燥してしまう。 どうすりゃいいんだ???
  紆余曲折の上、いずれの吹き口も口の中に含むような形にして常時吹き口を湿らすようにし、息の出し方を工夫して使わない穴の方へ息が行かないように演奏方法を改良し、口の滑らしも少ない距離で間に合うようにした。すると、この点は改善でした。
  次に起きた問題は、低い音の管と高い音の管は、吹き口を替えなければいけないというところからみても、別の管になっている。ということは、音色が全く一緒だというわけではない。低い音から高い音へ行くとき、またその反対のときに、音同志の間で違和感が出てしまう。 これをなくさなければならない。低い音の方は、管が大きいので必然的に柔らかい音が出るし、高い音の方は、管が細くて小さいので硬めの音が出てしまうのである。この問題は、何度も音を出し、違和感が出ないように吹き方を調整して音ので具合を研究してようやく解消した。
  これで、音域の問題と演奏上の問題は解消。2オクターブ半を自由に操れるようになった。そうすると、持ち替えで演奏するという面倒くさいことはやってられなくなってくる。その後、オカリナを吹くと言えば、このダブレット以外には殆ど手にしなくなってしまった。

6 ダブレットくん大活躍

(1)ウィーン・ザルツブルグにて
   このダブレットを購入した年の11月に、何とか司法試験に合格。人生の内に一度はウィーンとザルツブルグへ行きたいと思っていたところ、両親が記念に行ってらっしゃいと旅行代金を出してくれた。実に良い親である(笑)。明けて平成9年3月、僕はウィーンとザルツブルグへ旅立った。
   もちろん、コートのポケットにはダブレットがいつも一緒。僕の目論見は、ウィーンのケルントナー通りでオカリナを演奏することだった。ケルントナー通りをブラブラし、CD屋さんに入ると店の外から笛の音がきこえた。「あっ、リコーダーだ。」と思い、一目散に外に出てその演奏に聴き入る。
   何とまぁ、レベルの高い演奏。僕も昔アメリカでリコーダー2本を口にくわえ、アルルの女より「ファランドール」を演奏し、拍手喝采を頂いたことがあったが、そんなのは愛嬌であって、そこで演奏していた彼の演奏は実に上手いし、聴衆の心をつかんでいる。さすがはウィーン。僕は一気にここで 演奏をしようと思っていた自分が恥ずかしくなり、あえなく退散。もし機会があればザルツブルグで演奏をしようと思い、一路ザルツブルグへ向かった。
   ザルツブルグはウィーンほど音楽が盛んではなかった。街頭で演奏する人は一人として見かけなかった。僕も街頭で演奏するのは諦め、市内にある小高い丘に登って、そこで一人演奏でもするかと演奏を始めた。せっかくザルツブルグに来ているのだからと、この地を舞台にした映画「サウンド・オブ・ミュージック」 から、エーデルワイスなどを演奏し、また、遠く祖国を思いながら日本の唱歌などを演奏していた。一人で気持ちよく吹いていると、知らない間に犬の散歩やジョギングに来ていたオーストリア人が何人か足を止め、僕のオカリナを聴いていたようだった。皆一様にニコニコしながら色々と話しかけてくれたが 不幸にもドイツ語がわからず、「ダンケ・シェーン」というのが精一杯(笑)。でも、僕のオカリナを気に入ってくれたようだったことは雰囲気でわかった(思いこみかな?)。音楽が国境を越えた瞬間。この瞬間は凄く感動する。昔アメリカでリコーダーを演奏したときも同じ感動をしたが、実に気持ちの 良いものだった。
(2)司法修習生時代
   この夢のような旅行から戻ると、僕は晴れて司法修習生となった。僕の場合は3ヶ月の合同修習の後、静岡地方裁判所へ1年半実務修習に行くことになった。
   実務修習というのは、どこへいってもまず自己紹介から始まる。最初は気の利いたセリフを考え、周りの笑いを誘うことに専念していたが、そのうちもっと強烈にアピールできるものはないかと考え、自己紹介の機会があるごとにスーツのポケットにオカリナを忍ばせていくことにした。
   民事裁判の修習で配属先になった裁判官室の部長判事(女性)がクラシックが大好きで妙に気があった。今度歓迎会をしてくれる・・・というので、「これ幸い」と思い、オカリナをスーツのポケットに忍ばせて会場へ向かった。
   やはり、自己紹介の場があり、僕の番が回ってくる。笑いを誘うトークを若干した後、おもむろにポケットからオカリナを取り出し演奏を始めた。このことは誰にも言ってなかったので、同僚の修習生をはじめ、そこにいた裁判官も皆びっくりしていたが、ディズニーメドレーを楽しそうに吹き始めた僕につられてか、50人近くいたそこの会場の方々の手拍子が始まった。「お~、成功したぞ。うっしっしっし。」目論見は成功だった。演奏後皆さんから拍手を頂き、その後そこでの修習が実に楽しく終えられたのは、まさにオカリナさまさまであった。
   同期の修習生たちは、そのころ結婚ラッシュが始まった。僕の演奏を聴いてくれた同期の連中が、結婚式の披露宴で是非演奏してくれと言い始めた。結局修習生の間に4回ほど披露宴で演奏した。オカリナの音というのは、優しくて穏やかになれるのか、会場に来ていたお年寄りから若い人たち、また子供さんまで みんながオカリナの演奏に喜んでくれた。
   実は、子供時代に僕がなりたかった夢の一つに、エンターテイナーというのがあった。ジャンルは具体的には決めていなかったが、僕一人の言動一つで大勢の人を喜ばせる、そんな仕事に就きたいと思っていた時期があった。でも、自分には何が出来るだろうと思った瞬間、このことは夢と消えたが、 こういうオカリナ演奏の体験を通して、その夢を実現しているかのような錯覚を覚えることがある。実に幸せな瞬間だ。

7 今後

  最近は、仕事の方が忙しく、なかなかオカリナに触ることもなかったが、結婚を境に妻がピアノを弾けることもあって、時々ピアノとオカリナの合奏をしたりしている。実は、こういう生活に密かに憧れていた。又一つ夢が実現したようだ(笑)。
  また、最近HPを通してオカリナ仲間の輪が急に広がったこともあり、再びマイオカリナブームが到来している。オカリナのオフ会があれば是非出席したいと思っているし、みんなと合わせられる機会があれば是非合奏したいという気持ちが沸々と湧いてきている。自分のHPにも自分の演奏を録音してアップしていこう とも思っている。オカリナとつきあい始めて早8年になるが、オカリナ熱はまだまだ当分冷めそうにない。一生の友として、オカリナ的生活を楽しんでいきたい。

H13.9.1

<番外編>
 もともと、小学校時代から、リコーダーが好きでよく吹いていました。ずっと音楽をしていた関係で、曲を聴いたそばから再現することが出来ました。そのうち、1本で吹くことに飽き足らなくなりました(笑)。
 中学に入ると、ソプラノリコーダーとソプラニーノリコーダーを一緒に2本口にくわえて演奏する奏法を編み出しました。ソプラノリコーダーはC管、ソプラニーノリコーダーはF管で、一人でハモらすことができるようになりました。ビゼーの「アルルの女」より、ファランドールをよく演奏しました。
 中学2年の夏休みに、アメリカ西海岸へ、全国の中高生が20人くらい集まって、現地の中学生達と共同生活をするツアーに参加しました。3週間ばかり居ましたが、最後にフェアウェルパーティがありましたので、リコーダーを2本くわえて、アルルの女を演奏しました。大受けでした(笑)。拍手喝采、アメリカ人はこういうのが大好きなんですね。私のエンターテイナー志向は、この時に定まったものと思います(笑)。
 さすがに、オカリナを2本いっしょにくわえて演奏することはできませんが、ダブレットという吹き口が2つある奏法が難しいといわれる楽器にあえて挑戦しているのは、きっとこんなことがきっかけになっているのかも知れません。

H20.9.8

投稿者 ono : 13:54 | コメント (0)

2009年04月29日

【雷句誠さん】新連載開始のニュース!!

私も参加しているミクシィの足跡をみたら、凄い人数が・・・。
どうしたんだろうと思って調べてみたところ、

「原稿紛失で小学館を提訴した人気漫画家が講談社に“電撃移籍” 新雑誌で新連載を開始」
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090429-00000000-oric-ent
との記事がありました。これですね。

雷句さんとは、裁判で一緒に戦った後も、親しくさせて頂いており、その中で移籍先の話や新連載の話など、とっても前向きなお話しを聞かせて頂いていました。これも役得ですね(笑)。

まだまだ、秘密にしておかなければならないこともありますが、新連載、とっても面白そうです。今から連載開始がとっても楽しみです。我が家は、皆、雷句さんのファンです。

頑張ってください!!

【参照】雷句誠の今日このごろhttp://88552772.at.webry.info/

投稿者 ono : 16:20 | コメント (3)

【自転車通勤】走行距離1000キロを突破!

2月に自転車ツーキニストになったことを宣言してから、早2ヶ月半。

当初は、職場までの中間地点である恵比寿まで、往復16キロの通勤でしたが、今では、職場の巣鴨まで毎日往復46キロの通勤になりました。いやはや、季節柄もあってか、日の日差しやら、そよ風やら、目に映る自然の風景やら、何とも気持ちいいものです。汗もぐっしょりとかきますが、一種のサウナ状態でしょうか、これも気持ちのいいものです。

慣れというのは怖いものですね。当初、あれだけ遠く感じた巣鴨も、当たり前のように最近では来てしまいます。タイヤをロードレーサー用の23Cという極細サイズに変更してみたところ、劇的に走りが変わりました。道路との設置面積が小さくなるわけですから、その分摩擦力も減少し云々・・・なんだか物理の世界ですね。

今日も、休日出勤ですが、巣鴨の事務所に到着した段階で、これまでの走行距離が1000キロを突破しました。
あまり、目立った体重の減少はありませんが、会う人会う人、「先生、スッキリしましたねぇ。」なんて言われます。少しは、締まってきたのかな?

6月には健康診断があります。昨年よりも良い数値に巡り会えるよう、自転車通勤に精を出したいと思います。

投稿者 ono : 15:09 | コメント (3)

2009年04月27日

告知

恥ずかしい話しですが、一昨日に、携帯電話を水没させてしまい、データが復旧できない状態になってしまいました。

依頼者、友人、知人をはじめ、皆さんから受信のあった、電話番号、メールアドレス等が誰からのものなのかを特定するのがとても困難になってしまいました。

誠に申し訳ありませんが、お電話をいただいた時に、もし私が出られない時は、恐れ入りますが、留守番電話にお名前を入れておいて頂けると大変助かります。

また、友人、知人の方で、手元に記録の残っていない方が多数おり、データが復活しない限り、こちらから連絡のとりようがなくなってしまった方が出てきてしまっています。
お手すきの時に、お電話なり、メールなりいただけると助かります。これも久しぶりにお話しする機会を与えられたのかと前向きに考えています。

よろしくお願いします。

PS データ復活のサービス会社に色々とあたってみます。

投稿者 ono : 10:22 | コメント (3)

2009年04月23日

【巣鴨】とげぬき生活館相談所

私の事務所は、巣鴨にあります。
巣鴨といったら、おばあちゃんの原宿、縁日等いろいろと思いつきますが、やはりなんと言っても「とげぬき地蔵尊」だと思います。

この「とげぬき地蔵尊」は、高岩寺というお寺にありますhttp://www.sugamo.or.jp/prayer_detail01.html

実は、このお寺、その境内に「とげぬき生活館」という建物があり、そこで、人生相談、法律相談、宗教相談を、毎週月・水・金(祝日は除く)と、毎月縁日のある4の付く日に行っているのです。

そこで、5月から私も、法律相談を担当させて頂くことになりました。

私が司法試験に合格直後に、中央大学の法職講座の委員長をされていた故三和教授と、何度か一緒に受験指導のお仕事をさせていただいたり、食事をする機会をいただいたりし、その折り、巣鴨のとげぬき様で法律相談を担当している、というお話しを聞かせて頂いたことがありました。
その後、私も巣鴨で弁護士をすることになり、三和教授にとげぬき様での法律相談のことをお聞きしようと思っていた矢先に、三和教授が倒れ、そのまま亡くなられてしまいました。

私も巣鴨で丸10年、弁護士生活をさせていただき、そろそろお世話になった巣鴨に何か恩返しができないものかと思った時に、こちらの法律相談のことを思い出し、高岩寺の住職に直接お話しをしてみました。
そして、快く受け入れて頂き、5/1から、毎週金曜日の法律相談を担当することになった次第です。

ここだけの話し、住職は自転車がご趣味とのことで、とても格好良いロードレーサーに乗っておられます。何時の日か、一緒に走って頂きたいと思っています。

相談の方ですが、午前10時から午後4時まで、費用は無料です。予約も要りません。
是非、お気軽にお訪ねください。

投稿者 ono : 17:34 | コメント (1)

2009年04月22日

【マジック裁判(民事・控訴審)】判決言い渡しがありました。

今日、午後1時15分より、東京高等裁判所824号法廷にて、判決の言い渡しがありました。

控訴棄却判決でした。

なかなか裁判官には、こちら側の言い分を理解し難いようです。
報道の自由というのは、そんなに伝家の宝刀になるのでしょうか?
マジックを趣味としている庶民の楽しみを奪うことが、いとも簡単にできてしまってよいものなのでしょうか?仮にも、報道をしているのは、社会的権力であるマス・メディアなんです。

とは言え、この裁判を起こしたことで、マジシャンも怒るんだということ、法的な土俵の上で戦うことができるんだということを、マス・メディア側に示すことができただけでも、大きな前進だったように思います。

この裁判の後、マジックの番組は減ったものの、内容の良いマジック番組が放映されるようになったように思います。

民事裁判については、ひとまずこれで終了ということとし、上告はしない方針です。
これまでご協力頂いた、数多くの方々、特に、原告団に名前を連ねて頂いた方々、寄付をしていただいた方々、誠にありがとうございました。

まだ、刑事事件の方の最高裁判決が出ておりません。H19.12に上告しましたので、もうそれから1年半が経とうとしています。
有罪判決になるにしろ、無罪判決になるにしろ、きちんとした判決が出されることになると思います。こちらの方が出ましたら、また記者会見を開くなり、こちらのブログで発表するなりさせて頂きます。今後とも、動向を見守りください。

ありがとうございました。

投稿者 ono : 17:12 | コメント (5)

2009年04月20日

マーカ・テンドーを復活させる会

日本を代表する、世界のマジシャンであられる、マーカ・テンドーさんが、食道癌と下咽頭部癌を患い、現在は民間療法に移って、癌と戦っておられます。

そのテンドーさんを応援するために、マジシャンのブラボー中谷さんが 『マーカ・テンドーを復活させる会』を立ち上げられました。

マーカ・テンドーさんといえば、私が(社)日本奇術協会に賛助会員として入会したおりの新年会で、子供達のかくれんぼをネタにした、カップアンドボールのマジックを演じた際、「先生のところのお子さん、うちの子と同じくらいなんですね。」と気さくに声を掛けて頂いたのをよく覚えています。

「あの、世界のマーカ・テンドーが私の演技を見て声を掛けてくれた・・・」

とっても感動でした。
それ以来、マジックのサークルや、マジックショーでお見かけすると、必ず寄ってきて声を掛けて頂き、嬉しく思ったものでした。

そんなマーカ・テンドーさんが、闘病生活を送っておられます。 生きるために、また、再びステージに立つために、頑張っておられます。

以下、「マーカ・テンドーを復活させる会」を立ち上げられた、ブラボー中谷さんの告知を引用します。
よろしくご協力の程、お願い致します。

【引用】

マジック界の方はご存知かと思いますが、
長年、日本のマジック界を引っ張って、盛り上げてくれている、
世界のマーカ・テンドー さんが、
いま、癌と闘っております!・・・・・

患部を切って取っちゃえば良い、というような場所ではないのです。

大学病院でも、効果的な治療法が無く・・・・。
退院させられる事になってしまいました・・・・。


そんな折、効果的な治療法があると、受け入れてくれる病院を見つけ、治療を受けることになりました!

身体にもかなりのダメージを受ける大変辛い治療だそうで、
面会もなかなか出来なくなるかもしれませんが、
マーカさん本人も、「絶対にこれで治す!」と、強い意志でがんばっております!

ご家族も、本人が頑張ると言うのなら、と、この治療を受けさせてあげたいと、転院させたそうです。

ただ、民間療法で、保険が効かず、かなりのお金が必要だそうです!


1クール(1ヶ月?)の治療費が300~400万円も
するそうです!
ガン保険に入っていない、ということもあり、
かなり困っておりました・・・。

マーカさんには、多大なる影響を受け、大変お世話にもなっております。
ショーを見て、大変感動もさせて頂きました。

少なからず、影響を受けた方もたくさんいらっしゃるのではないでしょうか?


どうか、そんな皆さまのお力をお借りし、
カンパを頂き、お金の心配を減らして、治療に専念してもらい、
癌をやっつけて、再びステージに立たせてあげたいのです!

このまま死なせる訳にはいきません・・・・・!


大復活の、

「これが本当のマジックだーーーーーー!!!!!」
「オレが、マーカ・テンドーだーーーーーー!!!!!」

と、大迫力のステージを、是非またやって頂きたいのです。


それで、
差し出がましいかもしれませんが、誰かがやらなければならないと思い、
弟分のオラ「ブラボー中谷」が音頭を取らせていただき、

「マーカ・テンドーを復活させる会」を立ち上げさせていただく事になりました。


会員の具体的な目的は、
・お金をカンパして援助してもらうこと。
・復活させる為の何か良いアイデアをもらうこと。
・マーカ・テンドーさんを応援すること。
の、いずれかが該当すれば自称会員になれます。
しっかりした規約や、目標額等は後ほど・・・・・。
と、言う事で。


オラ一人では非力で何ともなりません。

そこで、
発起人として、力のある方々にお名前を連ねさせて頂きました。

深井洋正、ケン正木、カズ・カタヤマ、ジミー菊池、一周、トリット、
藤山晃太郎、さとる、野田雅一、
そして、
東京方面はオレにまかせろ~~~!マーカさんを救おう!
と、熱い男、オラの親友?悪友?の タジマジック。

ご賛同いただき本当にうれしいです!

まだまだ発起人に名乗りを上げて頂きたいと思います。
もっと増えていくと思います。
こちらも、後ほど詳しく載せさせて頂きます。


発起人も、会員も、多ければ多いほど良いと思います。

みんなの願いがマーカさんに届くと思います!

マジックと何の関係も無い方でも大歓迎です。
いつか、マーカ・テンドーさんのステージを見たい!という方、
復活させて、もう一度ステージを見たい!と言う方、


この不況の中、大変恐れ入ります。
どうか、どうか「カンパ」を宜しくお願いいたします。

皆さんの日記や、ブログ等でこの活動を宣伝して頂ければ大変嬉しいです!


本当に、どうぞ宜しくお願いいたします。


【お問い合わせ】
「マーカ・テンドーを復活させる会」
〒019-1541
秋田県仙北郡美郷町土崎字上野乙 1-74
℡0187-85-2917
FAX0187-85-2916
ブラボー中谷

《 カンパのお振込み先 》


【振込用紙でのお振込み】

郵便振替  
口座番号 02280-0-132201
口座名称 マーカ・テンドーを復活させる会

【銀行ATMや、ネットバンクでのお振込み】

振込先口座 ゆうちょ銀行
店名(店番) 二二九(ニニキユウ)店(229)
当座 0132201
受取り人名 マーカテンドーヲフッカツサセルカイ

※郵貯銀行どうしなら、手数料無料です。

どうか、宜しくお願いいたします。

投稿者 ono : 17:09 | コメント (2)

2009年04月14日

前田憲男先生の懇親会で、奥田瑛二さんに!!

縁あって、ジャズピアニストの巨匠であられる、前田憲男先生の懇親会(ムサシクラブ)に、昨夜お招き頂きました。2度目の出席です。

前田先生が所属する事務所の方々、そして、前田先生を応援する慶應義塾大学のJazz&Pops三田会の方々(この中には、セイコーウォッチの服部社長がおられます)を中心に、前田先生を慕う歌手の方々、テレビマンの方、等々実に様々な方が来られ、ちょっとした異業種交流会のような感じです。

前回出席した時には、ご挨拶代わりにとマジックを演じさせて頂いたのですが、好評に付き、「今回もお願いします!」との依頼があり、やってきました。
「前回よりも凄いものを・・・」と少し高度なものをやったのですが、最後は盛り上がるどころか、驚きで声も出ない・・・といった感じになってしまいました・・・(笑)。ちょっとやりすぎたかな?

とはいえ、皆さん大喜びして頂き、今後ともレギュラーメンバーになれたかな?と勝手に思っております。前田先生、よろしくお願いします。

ところで、マジックも終わり、一息ついていたところ、何とサプライズゲストが現れました。何と、奥田瑛二さんと、奥様の安藤和津さんでした。

事務所の社長の取り計らいで、奥田さんと挨拶をする機会を与えて頂き、名刺を渡すとともに、少しお話しをさせていただきました。
私が司法試験に合格した年に、ちょうどNHKで「ひまわり」という連ドラが放映されていたのですが、毎朝夢中になって見ていました。奥田さんが演じる弁護士がとっても格好良く、少年事件を扱う場面で、主役の松嶋菜々子に「人間というのは、話したくてしょうがない生き物なんだ。ずっと黙っているだなんて、できない性分なんだ。」というような台詞がとても印象に残っており、私が弁護士になってからも、この台詞の意味するところを実践していますよ、なんてお話しをしたら、「うん、うん」と大きく頷いて頂けました。

また、私が受験生時代に、映画のエキストラのアルバイトをしていた時代があり、その時に「新宿鮫」(真田広之主演。奥田さんも出ておられました)という映画で警察官役で出たことを思い出し、そのことを話しましたら、「どのシーンですか?」と聞かれ、「これこれしかじか・・・」といいますと、「おうおう、覚えてる覚えてる。」なんて言って頂き、結構昔の映画なのに、一コマ一コマ大事に演技をされたが故に記憶に残っているということに、とても感心してしまいました。別れ際に握手をして頂き、「弁護士役が回ってきたら、役作りのために色々と話を聞かせてください!」なんて、嬉しい一言をいただきました。

残念ながら、奥様の和津さんとお話しする機会はありませんでしたが、とっても綺麗な方で、後でプロフィールを拝見したところ、「ありえない・・・」と思ってしまいました(笑)。

投稿者 ono : 11:25 | コメント (6)

2009年04月13日

復活徹夜祭にて受洗!

4/11の土曜日、キリスト教では復活徹夜祭が行われ、そこで私と息子と2人で、洗礼を授かってきました。この日のために、1年半くらいの準備をしてきただけに、感慨深い一日になりました。代父のAさん、ありがとうございました。

また、かねてから息子と「洗礼を受けて、聖体をいただきたいね。」なんて話していて、残念ながら息子は幼児洗礼になるため、小学校3年生になるまで「初聖体」はお預けになってしまいましたが、自らは両手をさしのべてご聖体をいただき、初めて口に含むことができ、それだけでも感動でした。ちょっとミーハーですね(笑)。

洗礼名は、弁護士の守護聖人でもある「トマス・モア」を付けさせて頂きました(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%9E%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%A2%E3%82%A2)。

当日は、皆さんに、大変な祝福をして頂き、感謝の気持ちで一杯です。皆さんからいただいた祝福を、色々な方(家族、友人、仕事上の依頼者等々)にお返しできるよう、どうぞ、今後ともよろしくお願いします。

思えば、聖書との本格的な出会いは、修習生のころでした。私は静岡市で修習をしていましたが、当時、モルモン経の宣教師たちと仲良くなり、よくアパートに来ては、聖書について語ってくれました。もともと、聖書になんとなく興味がありましたので、話を聞くうちにおもしろくなり、新訳聖書を買い求め、寝食を忘れて読み耽ったり、また、彼らの教会に伺ったりしていました。

ただ、そのうち聖書とは別のモルモン教典が出てきて、私の知りたいことと逸れていったことと、そのタイミングで熱心に洗礼を受けることをすすめられたこともあって、「洗礼を受けるにしろ、受けないにしろ、ちゃんと色々な宗派について勉強してからにしないと・・・」と思い始め、カトリック、プロテスタント、モルモン経、エホバの証人、統一教会と勉強させて頂き、そのなかで一番しっくりくるなと思ったカトリックの要理解説などを読みあさりました。そして、機会があったら、カトリック教会にも行ってみたいなと思いつつ、月日は息子がカトリックの幼稚園に入るまで過ぎることになります。

子供と一緒のミサがあるというので、年少のときに顔を出したのが、カトリックのミサ初体験でした。もともと宗教音楽が好きでしたので、聖歌が何曲も歌われるミサの雰囲気がとてもよく、また行きたいなんて思ったのですが、小さい子供には退屈だったようで、その後何度も誘うのですが、乗ってもらえませんでした。
年中さんになり、たまたま一緒に行ったミサで、幼稚園の同級生のお父さん達と知り合って仲良くして頂き、そのついでに、ミサ後のお茶会でマジックを演じてみせたら、大層喜んでいただいたこともあって、「この教会に自分の居場所がありそうだ」、と親近感をいだきました。また、息子も幼稚園での神様教育のおかげで、だんだんと信心深くなるとともに、好きな女の子が教会によく来ていることもあって(笑)、一緒にミサに行く回数がだんだんと増えていきました。

そして、主任司祭の神父さま(幼稚園の副園長先生)に、息子とともに洗礼志願をし、父一人、平日の出勤前に入門講座を受け始めました。なかなか忙しく、出席率が良くない中、足掛け一年半かかって、ようやく昨日の洗礼式あいなったわけです。

特に誰に勧められたわけでもなく、気が付いたら洗礼を受けるところまで来ていた、というのが実感です。これも神様のお導きなのでしょうね。

神様に感謝しつつ、自らを律して、毎日の生活を送って行けたらと思います。

投稿者 ono : 09:33 | コメント (6)

2009年04月08日

息子の小学校入学式!

まるで、桜の花が、息子の入学式を待っていてくれたかの様に、満開の桜に祝福されながら、本日は、息子の小学校の入学式でした!

以前、「お受験」のことを書きましたが、その当時の母子の頑張りようや、合格をいただいた時の喜びを思い出し、そして、今日、我が子が制服姿での校門をくぐる姿を目の当たりにし、ただただ感無量でした。

自分の小学校の入学式のことは、意外と覚えていて(それ以外の入学式は、殆ど覚えていませんが・・・)、その記憶とダブらせながら、入学式に参加しました。33年も前のことですが、自分の記憶に残っている時代と、息子の行事がオーバーラップすることで、確実に私に追いつきつつある息子の存在を確認させられました。

新しい制服、新しい教科書、新しい先生、新しい友達、新しい環境の中に身を置き、もう幼稚園生だから・・・といって甘えることもできず、一歩ずつ一歩ずつ大人の階段を上っていくであろう息子に、陰になり日向になりながら、応援のエールを送りたいと思います。

がんばれ~!!


投稿者 ono : 15:39 | コメント (10)