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2008年12月27日
年末の挨拶、そして、恩師の告別式
今日で仕事納めです。一年間、お世話になりました。
様々な事件を通じて、様々な依頼者の方々との交流を通じて、また、家族や子どもの成長を通じて、私自身も成長できた一年だったように思います。
来年は、また一段と大きくなれるよう(体は十分に大きいのですが・・・笑)、皆様に支えられながら頑張っていきたいと思いますので、ご指導、応援のほど、よろしくお願いします。
年始は、1月9日からとなります。来年もよろしくご愛顧ください。
今日の午前中は、恩師の告別式でした。
恩師というのは、受験生時代、なかなか合格できなかった時に、最後の頼みの綱と、全面的にこの先生に賭けるつもりで受講した、早稲田司法試験セミナーの専任講師であられた、森圭司先生(本名 林俊夫弁護士)です。
森先生には、法学徒としてのあるべき姿勢をたたき込まれ、法律「学」という学問の香りをかぐ楽しさを教えられ、合格のための精神論を諭して頂きました。
「人の人生を背負うわけだから、司法試験は難しくて当たり前。」
「基本書を読まないのは、法律学に対する不遜な態度。」
「君らが持っている悩みの殆どは、合格すれば解消するものが殆どだ。であれば、つべこべ悩まずに勉強するのが一番の早道だ。」
等々、未だに覚えている森先生語録がたくさん出てきます。この先生と出会わなかったら、私の現在は確実になかったものと思います。
私が受講生時代、先生はとても厳格で、
「私は、あなた方からの質問は一切受け付けません。あまりにも質問のレベルが低すぎるからであり、時間の無駄だからです。」
などとガツンと宣言されたが為に、到底話しかけに行くような雰囲気がなく、結局私は、先生とは一言も口を聞いたことがありませんでした。従って、司法試験に合格した時も、挨拶に行くことができませんでした。
でも、心の中ではいつも「森先生のおかげ」と思っており、私が現在、辰己法律研究所で専任講師をしていますが、私の受講生にも「森先生との出会い」をよく話しており、私の受験指導の源泉は、森先生の講義にあると言っても過言ではありません。
そんな先生が、23日、早稲田セミナーのビル内で、講義に向かうエレベーター前ので倒れられ、そのまま息を引き取られたのだそうです。法律を愛する先生らしい最後のような気もします。
今日の告別式でのお別れの挨拶の時に、「先生のおかげで、無事に司法試験に合格し、弁護士として頑張っています。」と、今日初めて報告ができました。
時折、裁判所にて活躍されている先生の姿を拝見することはありましたが、生きている間は、私にとって先生は偉大すぎて、とても声を掛けられませんでした。
でも、葬儀の時とはいえ、ずっと「お礼を言いたい」と思い続けてきたことが実現できたので、亡くなられたのはとても悲しいことですが、よかったな、と思いました。
森イズムを継承する者として、今後とも教え子達には、法律「学」を学ぶ楽しさ、ひたむきな姿勢等を伝えていきたいと思っています。
森先生、安らかにお眠りください。天国で、思う存分、お好きな勉強(研究)をなさってください。
合掌
投稿者 ono : 2008年12月27日 14:36
コメント
いまの自分の礎になった方が亡くなるのは
いろいろな意味で自分を振り返るきっかけにもなります
>「人の人生を背負うわけだから、司法試験は難しくて当たり前。」
「基本書を読まないのは、法律学に対する不遜な態度。」
「君らが持っている悩みの殆どは、合格すれば解消するものが殆どだ。であれば、つべこべ悩まずに勉強するのが一番の早道だ。」等
この言葉にはこたえました・・・
もう年の瀬ですね、元旦が昨日のことのようです
今年40歳にもなりました、わたし(たち)はまだまだ終わりではありません
そう思いつづけながら来年を迎えましょう。
投稿者 希美 : 2008年12月28日 08:37
すばらしい恩師さまだったんですね。
大きすぎて話しかけられないということでも、きっと先生は、合格されて活躍しているおのんのんさんを嬉しく頼もしく思っていたことでしょう。
数年前、某弁護士さんたちとつながりを持ったことがありました。あまりのこちらへの扱いや言葉遣いが悲しく、その記憶でいままで拒絶反応を持っていました。弁護士さんが全員そうだと思ってはいないのですが、どうしても実体験は重く・・・トラウマになっていました。
でも、おのんのんさんのブログを読んで人間性(特に家族の素敵なお話)にふれ、気持ちは、溶解してきておりました。
恩師さまの「人の人生を背負うわけだから、司法試験は難しくて当たり前。「基本書を読まないのは、法律学に対する不遜な態度。」
という、一文を読み、最後の自分の中の凝り固まってしまっていた弁護士さんへの気持ちが
「ああー自分の人生を助けてもうお手伝いを任せられる方なんだ」と恩師先生におのんのんさんを通して、教えていただ気がします。
私もこの12月に、今、困っている中を助けてくれていた某家族のだんな様が急に亡くなり、喪失感をもってすごしていました。
亡くなったお顔をみて、「がんばれビーノ!大丈夫だよ」と言われた気がします。急に旦那さんをなくして友人を、支えたいともボロボロだったわたしですが思いました。
生きているからできること・・・
自分なりに、精一杯今日を生きます。
人生の師を失うのは、本当に辛いですが、先生の教えは、教え子の血や肉となり、そして、助けられる人がいる
笑うために頑張ってる人がいる・・・困ってる人がいる
それを助けるなんて、すばらしいお仕事です
素敵な弁護士おのんのんさんをきっと、恩師先生は、ニコニコと(でも厳格なお顔をしながら)見守っていると思いますよ。
投稿者 ビーノ : 2008年12月28日 18:04
はじめまして。恥ずかしながら桜が咲いていませんので、ハンドルネームで失礼します。
小野先生にお世話になったことはありませんが、森先生には受験勉強を始めた最初にお世話になりました。質問に行ったら、同じことを言われましたっけ。「自分が教えているのは金のためではない、自分と闘えるライバルを育てるためだ」という森先生の言葉が忘れられません。訃報を聞き、来年こそは結果が出せるよう改めて決意した次第です。
投稿者 masudagigorou : 2008年12月29日 05:32
はじめまして。私も恥ずかしながら合格していませんので、ハンドルネームで失礼します。私も森先生に出逢って法律の醍醐味を知りました。森先生は、よく、司法試験の勉強をスポーツにたとえていられました。判例の講義で「今日、徹夜して、百選まとめあげてきたんだから、君たちは夜中まで、残りの100まとめること」などと、おっしゃっていました。「民訴やるときは机に、三カ月、新堂、伊藤眞、並べて、やるんだ。法律は歴史なんだから」とも、おっしゃっていました。学部時代に森先生の「スーパー論文講座」には、目から鱗でした。通学途中にウォークマンで聴き法律の中でも、特に、「眠素」といわれる民訴の講義を聴き、法律に知的感動も覚えました。とにかく、偉大な方を亡くしたなと思います。
投稿者 森先生の大学の後輩 : 2009年09月02日 21:38