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2007年07月02日

【マジック裁判・刑事】ギミックコイン刑事裁判における弁論要旨、全文掲載!

ザ・マジックの72号の「そもそもプロというものは」の項において、藤山新太郎氏が、刑事裁判において私が読み上げた「弁論」について、非常に褒めていただき、その内容を是非、外のマジック関係者にも読ませてやってくれないか、とのお話がありましたので、ここに実名だけを伏せて、全文を掲載することにします。

なお、この刑事裁判の控訴審は、8月13日に行われ、すでに控訴趣意書(1審における弁論に相当するもの)はすでに書き上げ、裁判所に提出済みです。
こちらの方も、以下に示す弁論要旨とはまた違った角度で再検討をさせて頂いており、こちらの方もいずれ公開したく思っています。

長いですので、心してお読み下さい(笑)。

平成19年(特わ)第76号 貨幣損傷等取締法違反、関税法違反被告事件

弁 論 要 旨

                           平成19年3月6日

 東京地方裁判所刑事第10部 御中

                    被 告 人     A
                    被 告 人     B
                    被 告 人     C

                    弁 護 人  小  野  智  彦

第1 総 論
   本件においては、具体的事実については争わないものの、以下のごとき法律上の主張により、本件被告人らの行為は、無罪であると考える。
   ただ、本件において被告人らは、法を犯したことについて素直に反省していることから、被告人らの意向に沿ってまず情状論を述べ、その後に弁護人の意見としての法律上の主張を行うこととする。
第2 情 状
 1 被告人らは、本件につき、発覚当初から捜査官の取り調べに対しても全て正直に話しをし、隠し立てをすることはなかった。取り調べ、店舗での立ち会い、押収への協力等、一連の捜査に対して協力的な態度をとることが、まずは法を犯してしまった者のすべき努めであると自覚し、それに沿って行動してきたことは、被告人らの反省として十分に酌むべき事情である。
 2 被告人らの罪の意識及びこれに関する調書の記載の信用性について
   被告人らの本件に対する罪の意識は、国内においてギミックコインを製造することが法に触れるくらいの意識しかなく、また、製造したとしても本当に逮捕され、処罰されたという情報を聞いたことがなく、聞いたとしてもそれは噂の域を出るものではなかった。ましてや、本件のごとく、ギミックコインを海外に発注することが罪に当たるかどいうかということまで明確な知識はなく、国内製造よりもさらにグレーゾーンくらいの意識しかなかったのが正直なところである。
   この点、平成18年12月5日付員面調書(被告人A)9枚目に
  「以前、加工した日本の貨幣を売ると罪になるという話を聞いたことがあるから、輸入して売るのは危ないと思うが、大丈夫か」との記載があるが、司法警察員の先導による追認という面があり、被告人Aの真の供述性という意味では、信用性が低い。
   また、同様に、平成18年10月18日付東京税関による調書(被告人A)4枚目に
  「日本円の真貨で作ったギミックコインを輸入することは違法であることが分かっていました」とあるが、これに関しては、財務事務官から、「本件は、韓国の貨幣を500円に似せて偽造した案件と同じように扱わざるを得ないが、もし輸入することが違法であることを最初からわかっていたと答えたら、変造コイン扱いにしてやる。」という趣旨のことを言われ、少しでも罪が軽くなるのならばと応じたものであり、この供述の信用性も疑わしい。
   平成18年12月21日付検面調書(被告人A)4枚目に
  「私は、本物の日本円の硬貨に加工したマジック用コインを輸入するというのは、何らかの法律に触れるだろうと思いました」という記載が、一番被告人Aの真の供述に近いものである。
   同様のことは、被告人Bの平成18年11月6日付東京税関による調書2枚目に
  「私たちは、ギミックコインを日本に輸入することが法律に違反することだと判っていました」とあり、
   また、平成18年12月4日付員面調書2枚目には
  「当然、日本国内で日本国政府発行の貨幣を損傷することが違法なわけですから、海外で加工して日本に輸入した場合も法律に違反すると言うことは知っておりました」とあるが、マジック関係者の認識としては、むしろ逆であり、国内で製造しては法律に引っかかる可能性があるため、安全のために海外の業者が加工したものであれば大丈夫、というのが一般的であったのであり、これらの供述部分も、捜査官の先導的な作文を追認したものであって、信用性がないことは被告人Aの場合と同じである。
   こちらも、平成18年12月25日付検面調書2枚目で
  「日本円のギミックコインを持っていることが罪になるのか、売ることが罪になるのか、作ることが罪になるのかといった詳しいことまでは分かりませんでしたが、いずれにしても、日本円のギミックコインが、何らかの形で法に触れるということが分かりました。」というのが一番近いものと思われる。ただ、この供述からも分かるとおり、本来罪にならない所持や売却行為まで法に触れるかも知れないと供述しているとおり、その「分かりました」という表現も罪の意識を明確に持っていたわけではないのが現状である。
   被告人Cについても、平成18年12月4日、5日付員面調書3枚目において
  「日本円を加工したギミックコインを輸入することが日本の法律に違反することは、マジックの世界では常識として知られています。」と記載されているが、まさに上記のマジック界における認識と真っ向から異なるものであり、捜査官による作文的な要素が強く、被告人Aの場合と同様、信用性に乏しい。
   また、平成18年9月8日付東京税関による調書4枚目の5、という項目に同様の記載があるが、同じ理由により信用性に乏しい。
   これらを裏付けるかのように、平成18年12月22日付検面調書では、4枚目に
  「私自身、日本円のギミックコインを輸入することが法律に触れるかどうかについてはよく分かっておらず、ただ『販売』と同じように、法律に違反するかも知れないと思っていました」と記載されているのが真実であり、その程度の認識しかなかったというのが現状である。
   この程度の罪の意識しか持っていなかったことが責められるべきなのかどうかについては、そもそも昭和15年の大蔵省令として制定されて以来、前例がないことに照らし合わせてみても、これをもって刑事責任を問われるべしとするのは、あまりにも過酷すぎると考える。
   なお、日本円のギミックコインを店頭で販売せず、常連客等から頼まれれば店内から出してきて特別に売るという販売方法だったが、これはけっしてやましいからと言うわけではなく、日本円ギミックというのは、他の手品の種に比べるとほとんど知られていないものであるため、その秘密性は相当に守られなければならず、店頭に置いて初心者がおもしろ半分に買っていくのを阻止する必要があったためである。
 3 被告人らのギミックコインの販売意図
捜査官らによる調書からも明らかなとおり、ギミックコインの販売は、決して利益の多いものではない。もしかしたら法に触れるかも知れないというリスクを抱えながら発注し、販売するには、採算が合わない。あくまでも手品を深く愛して演じてくださる愛好家の方から、「ファンタジアはこんな商品まで扱っていてくれるんだ」と思って頂きたいという思いからである。
   日本円によるギミックコインによる演技は、マジシャンであれば誰もが行いたいと思う演目である。1989年2月に日本テレビで、ミスターマリックが超魔術ブームを起こしたときに(弁1)、同氏が日本円の100円玉によるシガースルーの演技(お客さんから100円玉を借りるという設定で、そのコインにたばこを貫通させるという演技)を行った。その時以来、この現象をテレビで目の当たりにして衝撃を受けたことがきっかけでマジックを始めた人間がどれほどいるだろうか。現在30代、40代のマジシャンのほとんどがそうであろうし、被告人B、Cもその例に漏れない。また、被告人Aはこの番組で日本円のギミックコインが存在することを初めて知るに至った。
   また、最近では、テレビでおなじみのマジシャンのセロや、ドクターレオンの名前でテレビにでているマジシャンのヒロ・サカイによる、日本円によるギミックコインによる演技が、本件の騒動が起こるまでことある毎に放映されてきており、それに影響を受けた若いマジシャンが、「日本円による」ギミックコインを欲しがるという需要がある。どうしても「日本円」でやりたいのである。
   確かに、外国コインによる同様のギミックコインは昔からあるが、自国のコインで行うからこそ、その表現できる不思議さ加減は倍増するのである。マジックの世界では、マジシャンであれば知らない人はいないというほどカリスマ的なマジシャンで、ダイ・バーノン(1894-1992)の教えで、「自然であれ(Be Natural !)」というものがあり(弁2)、日本のマジシャンが、コインマジックだけ海外のコインを使うことが不自然だったのである。
   そういうマジシャンからの需要と、またそのような現象を是非起こして、お客さんを楽しませて欲しいという供給者側の願望によって販売していたのであって、決して国家の法益を犯そうという犯罪意図とはかけ離れた意識の下に行われていたものであることを、裁判所にはご理解頂きたい。
 4 被告人らの具体的な反省及び今後の対策
   被告人らは、今後は法律に触れる可能性が少しでもあるように感じた場合には、専門家に問い合わせる等して専門的な意見を仰ぐようにし、自らの素人判断では動かないように心がける旨を本法廷において誓っている。
   被告人Bはすでにマジックファンタジアを退職しているものの、今後日常生活において法に触れる可能性にぶつかった場合には、細心の注意を払い、専門家の意見を仰ぐことことを同様に誓っている。
 5 ここ3年ほど前から、テレビ番組でマジックが日夜取り上げられ、空前のマジックブームが続き、その影響を受けて、プロマジシャンとして活躍する被告人Aもマジックの依頼が殺到し、多忙な毎日を送っている。本件のごとき事件沙汰になるのは、それによる時間的、精神的負担によって本業が妨げられることにもなり、ひいてはマジックを演じることによって、よりたくさんの方達を喜ばせるという、マジシャンとしての究極の目的を殺いでしまうことになる。この点について、本件ではいくらグレーゾーンとは言え、危険な橋は絶対に渡らないという決意が新たに芽生えたといえよう。   
第3 法律上の主張(弁護人の意見)
 1 貨幣損傷等取締法の問題点
 (1)立法趣旨および保護法益について
    本法律は、もともと昭和15年に大蔵省令として制定されたもので、日本国憲法の制定により、省令による罰則には法律による委任が必要になったことにより、昭和22年に法律として制定されたものである。
    本法律が制定されるに当たって、昭和22年11月10日の参議院における財政及び金融委員会の議事録(弁3の2)によると、政府委員の伊原隆氏の発言として以下のようなものがある。
    まず、昭和15年の大蔵省令の内容と本法の内容の説明として次のような記載がある。
   「それから内容的には違った点はありませんが、補助貨幣損傷等取締法と、現在ございます補助貨幣の蒐集、鋳潰又は毀傷の取り締まりに関しまする大蔵省令とで、字句が多少違いましたのは、現在は『地金トシテ販売シ又ハ使用スル目的ヲ以テ補助貨幣ヲ蒐集、鋳潰又ハ毀傷スルコトヲ得ズ』というふうになっておりますのを、今回の法律では『地金トシテ』というふうな字を抜かしました関係で、多少の字句の整理をいたしました。何故『地金トシテ』というふうな字を取りましたかと申し上げますと、これは法律用語といたしまして、純金又は純銀を称しておることになっておりまするので、例えばアルミ貨幣というふうなものは、多少合金になっておりまするので、これらを鋳潰しました場合には、罪になるかならないかというふうな、裁判官の判断の問題として、疑わしい点がございましたために、『地金トシテ』という字を取りまして、字句の整理をいたしました点が多少違っておるだけでございます。」
    この説明から、本法も、あくまでも地金(アルミを含む)として販売あるいは使用する目的で、貨幣を損傷あるいは鋳潰す行為を処罰の対象としていることが明らかである。
    そして、実例として以下のような事例が挙げられいる。
   「それから補助貨幣の損傷鋳潰等につきましても司法省に伺いますと、事件になった奴はちょっとないようでありますが、なにか二十一円だけのアルミ貨幣を集めますと五十円の弁当箱ができるというような実例がありまして、それらの鋳つぶしのことが警察に報告をさせられたという実例があるそうでありますが、これは別に事件になっておらないそうであります。」
    このように、貨幣(コイン)の券面額よりもコインの地金自体の価格の方が高く不釣り合いがあった時代に、容易にコインを鋳つぶして地金として販売することにより不当な利益を得ることを防ぐ目的で制定されたものである。
    しかしながら、現在はもはやこのような状況は皆無である。従って、もはや同法律はその使命を終えたものといわざるを得ない。
 (2)憲法41条から導かれる、法律の一般的・抽象的法規範性との関係
    マジックの道具としてコインに手を加えるという行為に本法を適用すべきかについては、昭和22年当時の議事録にも、昭和62年当時の議事録でも、全く議論にも昇らず、ギミックコインの製造等に本法が適用されることを予定していたものとは到底考えられない。
    現在において、理由もなくコインに傷つけたり鋳つぶしたりする状況が考えられない以上、本法律が仮に適用される余地があるとするならば、昨年に至って突如として適用され始めた、ギミックコインの製造以外には考えられない状況である。
    およそ法律は、その適用される人および事件が不特定多数でなければならないという、一般的・抽象的な法規範でなければならないという命題が憲法41条から導かれるが、現在の本法の適用のされ方は、恰もマジック用のギミックコインの製造等に限定されており、いわばねらい打ちの状態である。
    また、日本円によるギミックコインによる手品の現象が、1989年以来20年近くテレビ等でお茶の間に露出され続けていたにもかかわらず、これに対して本法の適用がなかったという継続した事実状態は、もはやギミックコインに対して本法を適用しないという不文法ができあがったのに等しいと解釈することもできる。
 (3)憲法21条1項との関係
    後で詳しく述べるが、手品を演じる自由は、憲法21条1項の表現の自由の一種として認められる基本的人権の一つである。
    そして、ギミックコインによる手品というのは、1634年の文献に現れているほど(弁4,弁5)、マジック界においては古くから歴史のある確立された分野の一つである。
    ギミックコインを製造すること自体は、確かに表現そのものではないものの、ギミックコインによるマジックを演じるにあたっては、その不可欠の手段であり、手品を演じるための道具を作る自由も、憲法21条の精神に照らし、十分尊重に値するものといわなければならない。
    しかしながら、本件における起訴のされ方は、同法がギミックコインを製造することおよびそのために集めることが処罰の対象とされるものであり、手品を演じるための道具を作る自由が、全く尊重されていないどころか、不当に制約されているものである。
 (4)このように、貨幣損傷等取締法自体、法令違憲の疑いをはじめ、その存在意義がそもそも疑わしいものであり、安易に同法が適用されるようなことがあってはならないものである。
 2 貨幣損傷等取締法違反は成立しない。
 (1)構成要件である「損傷」にそもそも該当しない。
    先に述べたように、本罪は立法の経緯からも明らかなように「地金として販売あるいは使用する目的」によることが必要であり、マジック用品として販売する目的がここに含まれないのは明きらかであって、本法の適用はあり得ない。仮に適用されるとするならば、それは被告人に不利益な類推適用に他ならず、憲法31条に違反することとなる。
    なお、付言するならば、構成要件論の解釈は、あくまでもその保護すべき法益との関係でされなければならないのは自明の理である。
    とすれば、ただ単に貨幣に対して形式的に傷を付けたかどうかということを検討するのではなく、安易に損傷あるいは鋳つぶすことによって不当な利益を得ようとするかどうかの基準で、「損傷」があったかどうかを判断するべきである。
    この点、国家(政府)の発行した貨幣に対して傷を付けるということがそもそもお金を大事にしないから処罰するんだ的な、一種の拝金主義的な考えから、「損傷」に当たるかどうかは形式的に判断すべきだとする見解もあるかもしれない。
    しかしながら、同法はあくまでも貨幣(コイン)についてのみ適用されるのであって、紙幣については適用が除外されており(通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律第5条参照)、また、これを処罰する法律がない以上、このような片手おちの見解が通るはずはない。
    また、損傷等によって通貨の流通が阻害されることを法益とする見解もあるかもしれないが、そもそも記念コインの存在を説明できないし、また、発行枚数の少なかった年代のコインにプレミアムをつけて売るコインショップの存在も説明できず、とり得ない見解であることは言うまでもない。
    ギミックコインは、より不可能な現象を演出するための手段であって、その製造は、不思議を演出する芸術である手品(あるいはマジック)を表現する上で、不可欠のものである。
    また、ギミックコイン自体は、すでに1634年に発行された、古い文献である「Hocus Pocus Junior(ホーカス ポーカス ジュニア)(弁5)で、すでに「コインの積み重ねたものをいかにしてテーブルを貫通して消えたように見せるか」(How to make a pile of Counters seem to vanish thorow a Table.)、という表題の下、いわゆる「スタックコイン」(4,5枚から7,8枚くらいのコインが重ね貼り合わせてあるもので、一番上のコイン以外のコインの中央に穴が空けてあり、その中にさらに小さいバラバラのコインを重ねて入れておけるようになっているもの。)が紹介されており、ギミックコインの歴史自体、少なくとも400年以上の歴史がある。
    マジック界において、すでに歴史的にも確立されているギミックコインによる演技に不可欠なギミックコインの製造が、このような形で本法の「損傷」にあたると解すること自体、後述するようにマジックを演じる行為が憲法21条1項あるいは13条によって保障されるべき基本的人権の一種と解されることとの関係でも、大いに問題があるものと考える。
 (2)可罰的違法性がない、或いは、マジックを演じるという正当な業務行為に必要不可欠な行為であって、違法性が阻却される。
    「違法」か否かが判断されるに当たっては、当然のことながら形式的に違法かどうかを論じるのは無意味であって、実質的に違法かどうかを検討されなければならない。
    マジックの分野、主にクロースアップマジックといわれる分野には、大きな種目としては、カードマジックとコインマジックがある。本件ギミックコインによるマジックは、コインマジックに該当する。
    確かに、ギミックコインを用いないで、何の仕掛けもないコインを用いてコインマジックを行うこともよくあるが、しかしながら、スパイスとしてギミックコインを演目の中に少し入れることによって、より不可能性を表現するということは、通常のコインマジシャンでもよく行われることである。
    裁判所におかれては、ギミックコインを用いた現象、例えばコインにたばこが貫通する、噛み切ったコインが一瞬にしてもとに戻る、入るはずのない瓶の口からそれよりも大きなコインが入る、コップの底をコインが貫通する等をこれまでの人生において、一度や二度は見られていると思われるが、それらの現象をみて、犯罪性を感じるだろうか。むしろ、その現象に対して素直に驚き、現実を忘れて見入ってしまい、そして楽しんでいる姿を認識しているに違いないものと思われる。
    一種の確立したギミックコインによるコインマジックは、マジシャンにとって正当な業務であり、それを遂行する手段であるギミックコインの製造に関連する行為が、実質的な違法とは次元を異にすること、つまり何ら国家社会的な倫理規範に反するようなものではないということをご理解していただくことは、決して難しいことではないものと確信する。
 3 関税法違反も成立しない。
   本件ギミックコインは、関税法に規定される禁制品であるところの「貨幣、紙幣若しくは銀行券又は有価証券の偽造品、変造品及び模造品」の「変造品」には該当しない。
   ここでいう「変造」は刑法等と同様に解されるところ、真正の通貨に変更を加えても、それが、真価の強制通用力を害しない限度にとどまる場合には、変造にならないとされる(注釈刑法(4)・弁6)。
   そして、変造といえる場合の事例として、貨幣の中身をくり抜いたりして、有効量目以下に、その実質を削減した場合が掲げられている。
   本件において輸入しようとしたギミックコインは、いずれもいったん貨幣の中身がくり抜かれているものの、その後スチールあるいはマグネットを埋めることによって、外観、量目ともに真価と区別がつかないものであり、程度の問題としては、貨幣損傷等取締法に規定する「損傷」にあたりうるものではあっても、刑法上の「変造」にまであたりうるものでは決してない。
 4 憲法違反の主張
 (1)手品(またはマジック)をする権利の憲法上の人権性
    手品とは、巧みな手さばきで、人の目をくらまし、不思議なことをしてみせる芸をいう(大辞泉参照・弁7)。
    そして、手品を行うマジシャンは、一つ一つの不思議な現象を組み合わせながら、そこに独自なストーリーをつけて、ひとつのルーティーンとして構成し、不思議な現象とおしゃべりや音楽との相乗効果によって、演じ手の内面的な精神活動を表現していくのである。また、手品は、一般人の固定観念(常識)をこれから崩すことを宣言した上で、本当に崩していくかのごとき現象を起こす、知的なおもしろさを表現するものでもある。さらには、日本の古典でもある和妻といわれる手品では、わび・さびなどの無常観を表現することもある。
    これはとりもなおさず、憲法21条1項で規定される「表現」そのものである。つまり、「表現」とは、「人の内面的な精神活動を外部に(すなわち他者に対して)公表する精神活動であるが、それは単に思想・信条の発表に限定されず、『思想・信条・意見・知識・事実・感情など個人の精神活動にかかわる一切のものの伝達に関する活動』を意味する。」(芦部信喜著 憲法学Ⅲ 240頁・弁8)のである。
    手品の主な役割は、エンターテイメントとしての意味合いが強いが、それだけにとどまらず、不可能を演じることによって、子供達に夢を与えたり、壁にぶつかって苦しんでいる人に勇気を与えたり、あるいは、病院内における患者のリハビリテーションに利用されたり、知能の発育のために利用されたり、また演じるという行為を通じて人を楽しませることができたという自信回復や自己啓発のために利用されたりと、その活躍する場面は非常に多い。プロマジシャンの中には、手品における不思議な現象を用いながら、社会風刺を行い、自らの政治的意見をも表明する方(ケン正木氏・被告Aの師匠)もおり、手品の可能性は無限にある。最近では、人と人とのコミュニケーションツールとしての役割も重要視されているほどである(弁9)。
    一方、手品の歴史は非常に古く、聖書にも例えば、モーゼとアロンがエジプト王に対し人民を解放して他の地へ移り住めるように嘆願した話がある。モーゼの使命が神の命を受けたものであることを証明するため、持っていた杖をヘビに変えたという記述があるほどであり、紀元前からの歴史のある芸術なのである(ターベルコース・イン・マジック第1巻 21頁・弁10)。
    このように、手品を行うことは、歴史性を備え、かつ、それを演じることによって個人の自己実現あるいは自己統治の実現に寄与する性格をも有するものであって、憲法21条1項で規定される表現の自由で保障される基本的人権であることに間違いはない。
    そして、このような個人の人格的利益に密接にかかわる精神的自由権に対する制約は、他者加害を生じるがごとき内在的制約の場合を除いては許されるべきではないのは当然であり、憲法12条・13条等に規定される「公共の福祉」とはそのことを意味するものである(宮沢俊義説・通説)。
    本法による制約目的が何なのか、残念ながら誰も明確に理解できていないのが現状であるし、上記のごとき立法の経緯からしても本法が本件に当てはまらないし、そのような状況の下で制約に従わなければならないことにつき納得できる理由が示されてこなかったこと自体が問題なのである。つまり、規制されるべき合理的な目的自体が欠缼しているのである。
 (2)本件での規制の態様
    本件における公訴事実は、ギミックコインを造るために日本円の真貨を「集めた」行為と、海外に発注し製造して貰ったギミックコインを「輸入」した行為である。
    前述したように、マジック界においては、ギミックコインを日本国内において製造する行為は、法律に触れるという認識があったが故に、合法的に日本円のギミックコインを仕入れるのであれば、海外に発注して輸入すればよい、との認識が通常であった。
    それを裏付けるがごとく、日本を代表するマジシャンであるミスターマリックが、セロが、ヒロ・サカイが、こぞってテレビ番組において日本円によるギミックコインを使って不思議な現象を起こし、それがお茶の間の国民にうけ、現在に至るまで演じ続けられてきたのである。
    そして、先日のフレンチドロップ店主の庄野氏らが、貨幣損傷等取締法違反で逮捕されたときのマスコミによる報道等でも、所持することも、使用することも何ら違法ではないと報道され、局アナがギミックコインを実際に使用して、その種明かし、すなわち、コインの構造を懇切丁寧に解説するということを番組の中でやり始めたという経緯があった。
    ところが、本件のごとき規制のされ方は、これまでのマジック界における認識を全く覆すものである。つまり、海外に発注するためには日本円を集めなければならず、かつ、それを日本で所持、あるいは使用するためにはこれを輸入しなければならないことになる。そのいずれもが法に触れるということになれば、この世の中に日本円によるギミックコインが存在してはならないということになり、上記のようなマジック番組における演技も報道局によるギミックコインを使用しての種明かし的報道も、法律的には成り立ってはならないものとなる。
    つまり、日本円によるギミックコインによるマジックを国が「全面的に」規制するという態様のものとなるのは、説明を要するまでもない。
    先に述べた貨幣損傷等取締法の存在自体に対する疑義、また、同法がギミックコイン作成に対して適用されることに対しての疑義があるにもかかわらず、さらに関税法をも重畳適用することによって、完全に日本円によるギミックコインによるマジックを封鎖するがごとき法律の適用の仕方は、明らかに憲法21条1項で認められた表現の自由を構成する手品を演じる自由を不当に制約するものであり、本件にこれらの法律が適用される限り、違憲と判断されなければならないことは疑う余地もない。
第4 結 論
   以上より、裁判所におかれましては、これまでに述べた趣旨をよく酌み取って頂いた上で、是非とも無罪の判決を賜りたく、弁論する次第である。
                               以    上
 

投稿者 ono : 2007年07月02日 21:33

コメント

ギミックコイン弁論要旨を、一マジックファンとして、嬉しく拝読しました。

投稿者 yjakanon : 2007年07月05日 09:43

ありがとうございます。

投稿者 小野 : 2007年07月13日 13:13

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