【マジック裁判】7月8日のマジック裁判の傍聴について(告知)...2008年06月30日
ブログでも告知しましたように、7月8日午前11時から、藤山新太郎さんの尋問があります。
この裁判のクライマックスでもあり、今まで原告団の一員として名を連ねてはいたけれど、傍聴には行けてないな、なんて方、是非いらしてみませんか?
この裁判ですが、傍聴券発行事件となりました。
原告側で10席、被告側で10席確保し、残り22席を巡っての一般傍聴になります。
当日傍聴にいらっしゃりたいという方、先着順で既に確保している傍聴券(10人分・既に数名分が決まっております。)を差し上げます(つまり、くじ引きで並ぶ必要がありません)。
予め私宛に、ご連絡ください。よろしくお願いします。
一般傍聴の方は、当日早めに裁判所に来て頂き、傍聴券を巡ってのくじ引きにご参加ください。
【追記】
この裁判のこれまでの経緯が、「ザ・マジック 76号」(東京堂出版)と、「プリあらマガジン第3号」に、私の書き下ろしの記事として載っておりますので、興味のある方はお読みください。
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【ガッシュ訴訟】陳述書公開についての担当弁護士としての見解...2008年06月12日
「雷句誠さんのブログに、陳述書が公開されたことについて、担当弁護士としての意見をお聞かせ願いたい」、という問い合わせが多かったので、ここに私の見解を述べておきます。
ひとつは、原稿の紛失に対する賠償だけがなされても、解決にならないということです。つまり、原稿紛失問題がなくならない背景を質さなければならないということです。まさに雷句さんの意図していることであり、本訴の重要な意義のひとつであります。法的には、ここで述べられている事実は、小学館の善管注意義務違反(過失)を基礎づける事情ということになり、本訴の内容と密接に関連します。いわば、小学館の漫画編集者達の体質の問題であると考えられます。その一環として、実際の雷句さんの担当以外の方の話しも出ているものと理解できます。
ひとつは、上記問題を質すためには、事実をつまびらかにしなければなりません。いつまでも部分社会の中で真実が閉じこめられてしまっては、だれもこの問題を監視する人が出てきません。一般人からの批判のないところに、改善など望むことはできません。
そして、裁判を起こしたと言うことは、公開することの一つの理由付けになると考えます。
なお、事実が真実かどうかについては、本当のところは誰にもわかりません。ただ、私たちとしては、裁判において証明が十分に可能と判断しています。
ひとつは、これは大企業対一個人の戦いであるということです。「公平」「平等」というのは、「形式的な」ものだけを要求したのではかえって「不公平」「不平等」となってしまうのであって、むしろ「実質的」な武器対等が確保されなければなりません。実名をあげて陳述書を書き、公開した点についても、相手が社会的な責任を持つ一大企業の看板を背負っての言動ですから、紛争が生じた場合のそれくらいのリスクは十分に覚悟しているはずであり(また、それくらいの覚悟を持って仕事をして頂かなくては困ります)、むしろ名前を挙げられた当人達が、「公開」された件について、「どうのこうの」と恥ずかしい言動をとるとは全く思っておりません。真偽についての評価はどうあれ、このような問題提起に対して、一企業人として真摯な対応を取られるものと思っております。
また、「公開の仕方」の点についてですが、裁判そのものが公開である以上、被告となった小学館が裁判所に出された書面等も公開の対象になるわけですので、裁判所で反論した事項をインターネット上で公開するのか否かは当然自由なはずであって、その意味では特に不公平感はないと思います。
そもそも、圧倒的な力の差が歴然とした事実としてあるわけです。不公平感を感じるとするならば、先制攻撃を仕掛けたという意味合いなのだと思いますが、得てしてそれが喧嘩の常道でしょうし、強い相手に戦う場合には、なおさらそれはセオリーだと思います。もっとも、本件については、裁判に至る過程において、雷句さんがさんざんな目に遭ってきたわけですから、先制攻撃を仕掛けたことについても、ご理解頂けるのではないかと考えています。
以上が、私の見解です。
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【ガッシュ訴訟】ガッシュ作者、小学館を提訴!...2008年06月06日
本日、午後1時、東京地方裁判所に提訴しました。
人気漫画「金色のガッシュ!!」の作者、雷句誠さんの代理人として、330万円の損害賠償請求訴訟を提起しました。

内容的には、少年サンデーに連載中、小学館に預けたカラー原稿(原画)を紛失されたとのことで、その賠償を求めるものです。
以下で記者会見の模様が動画で見られます。
http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/jnn/20080606/20080606-00000052-jnn-soci.html
近日中に、雷句誠さんのブログにも、記事化されると思います。
雷句誠の今日このごろ。 http://88552772.at.webry.info/
【追記・お知らせ】
第1回の口頭弁論期日が決まりました。
平成20年7月28日午前11時30分です。
場所は、東京地方裁判所第522号法廷です。
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訴状に記載した、本訴の意義を転記しておきます。
「 本訴の意義
(1)「1970年代までは、漫画原稿そのものに価値はな」く、「漫画は印刷されて初めて『完成品』という見方がある。生原稿は印刷するための素材に過ぎず、用が済めば捨てられてしまうことも珍しくなかった」(2003年8月22日讀賣新聞夕刊・マンガ評論家・米沢嘉博氏のコメントより引用)。
しかしながら、現在は1980年に操業された「まんだらけ」が漫画に財産的価値を見いだし、原画の市場をつくることにより、マンガの原稿を「美術品」とみる傾向が現れた。最近では、漫画を展示したり所蔵したりする美術館も増え、例えば、1994年に、東京都現代美術館は、アメリカン・コミックに似せたポップアートを描くリキテンシュタインと言う画家の作品(ヘアリボンの少女)に6億円を投じたように、漫画の美術品としての扱いは益々一般化している。
しかしながら、法的な側面でみた場合、未だ漫画の原稿を「著作物」として扱われることはあっても、「美術品」として扱った前例がない。漫画の原稿の紛失については、数々の事例があるが、いずれも「美術品」としての損害賠償請求がなされたことがない。
その意味で、数ある原稿紛失に対抗する手段として、漫画原稿が「美術品」としての位置づけを勝ち取り、漫画が美術品、つまり芸術品としての社会的地位を獲得するとともに、編集者に対して「美術品」を扱っているという自覚を持たせるべく、今後同じような過ちを犯して欲しくないという思いから提訴するものである。
(2)また、本訴は、漫画家が、編集者、出版社から、あまりにも対等でない扱いを受け続けていることに対して、一種の警鐘を鳴らすものである。
漫画家の報酬は、全て後払いである。つまり、自腹を切って、アシスタントを雇い、仕事場を確保し、締め切りに追われて原稿を仕上げ、作品が雑誌に掲載された後に初めて報酬をもらうという、極めて不安定な状態である。例えば、連載の仕事をしたとしても、報酬が全て後払いであるため、出版社、編集者からすれば、無理難題を押しつけても、それに従わないとアシスタントたちに払う給料を確保できない漫画家の足元を見て、いじめが横行するのである。この構図は、漫画家が売れたとしても余り変わるものではなく、一般的に両者の間には圧倒的な力の差が存在しているのである。
本件原稿の紛失に際し、被告が提示した賠償額は、1枚に付き、原稿料の3倍という、原告の漫画家としての仕事を嘲るがごとき金額であった。被告に対して多大な貢献をした原告であってもである。これが、原告ほど売れていない漫画家であったならば、なにをか言わんである。
漫画界の世界で成功を収めた原告の、後に続く新人の漫画家たちへの最低限の責任として、「雷句誠がこの金額で納得して、君が文句を言うのはおかしいだろう?」と何も言えなくしてしまう状況をつくってしまうことは絶対に避けなければならず、本訴はその意味では、後輩たちへの原告の使命でもあるのである。 」
今後の訴訟の展開等を見ながら、皆様にご報告がてら、ブログに書いていこうと思います。
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【マジック裁判】次回いよいよ尋問!!...2008年05月21日
昨日、10時30分より、裁判(第8回口頭弁論)がありました。足下の悪い中、傍聴に来て頂いた方々、本当にありがとうございます。
原告らとしては、藤山さん、田代さん、中島さん(クライス)の尋問申請をしていたのですが、裁判所の判断としては、陳述書(事前にそれぞれの方からお話しを聞いて、それを書面化し、裁判所に既に提出済みのもの)を検討した上で、藤山さんの尋問のみを採用されました。
また、私の方で、尋問の中で、マジックの実演の申請をしていたのですが、裁判長は、「私としては見せて頂きたいという気がしないでもないのですが、他の裁判官とも合議した結果、そこまでの必要はないとの結論に達しました。」とのこと。「見せて頂きたい。」という本音のところで採用してくれれば良いのに・・・残念です。
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今回は、こちらから、先の3名の陳述書を裁判所に事前に提出し、それに対して、日本テレビがそれぞれに反論を加えた書面を出してきました。相変わらず、今までのものと内容的に変わりがなく、どこまで行ってもかみ合わないというか、平行線というか。やはり、マジックを趣味にしないと、こういう問題は本当にわからないんだろうか・・・???そんなに難しい話しをしているわけではないのですが・・・と、途方に暮れてしまいます。
今回は、陳述書の作成に、助太刀してくれた方がいました。
東大の奇術部出身で、大のマジック愛好家でもある、外岡潤弁護士です。強力な助っ人の登場で、私も相談する弁護士相手ができて、非常に助かりました。
次回は、いよいよ藤山さんの尋問です。裁判長は、法廷での発言等から、結構なマジック好きとお見受けできます。実演が無理でも、藤山さんの、あの説得力のある言葉のマジックで、一気に勝負をかけるべく、良い尋問になるよう頑張りたく思います。
ここがこの裁判の一番のハイライトです。是非是非、関係者、興味のある方等々、お誘い合わせの上、傍聴に来て頂いて応援して頂きたく、宜しくお願いします。
7月8日午前11時から(約1時間)、場所は、東京地方裁判所615号法廷(6階)です。
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気がつけば早10周年!...2008年04月17日
今年の4月1日から、弁護士登録10年目になります。
早いものです。
雲の上の存在だと思いながらも、一生懸命勉強をしていた受験生の頃を経て、努力が実っての司法試験合格。
実際に修習生として実務に携わったものの、所詮は研修の身。
果たして、弁護士登録後、一人で立派にやれるものかと不安を感じつつ・・・・
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未だに不安を感じながら(笑)、早10年目になりました。
まだまだ新米と思いながら、もうさすがに新米とは言えなくなりました。でも、我々の業界では、まだまだ若手です。
思えば、この10年、色々な事件を手がけてきました。面白い事件もあれば、辛い事件もあれば、予想以上に上手く行き過ぎた事件もあれば、予想以上に長引いた事件もありました。涙あり、笑いあり、まさにそんな事件の数々でした。いずれの事件も充実していましたし、勉強になりましたし、全力で当たってまいりました。
今後も初心を忘れず、精進したく思っております。
困ったこと、悩んでいること等ございましたら、どんな分野でも構いません。いつでも御気軽にご相談ください。
今後とも宜しくお願いします。
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【マジック裁判】続報!...2008年04月15日
今日も、裁判が行われました。
アンケートの再度の提出をお願いした方で、返して頂けなかった方については、今回訴えを取り下げることになりました。
ほぼ、双方の主張が出揃ったといった感じです。
とはいえ、テレビ局は、相変わらず「報道目的」ということ一点張りで、「報道目的であれば、種を明かして良いのか?」という問いには全く答えません。
次回、証人等、尋問をする人を決める作業に入ります。
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こちら側としては、本人として藤山新太郎さん、田代茂さんのお二人を、証人としてクライスの中島さんを申請してあります。
今日の裁判では、是非法廷におけるマジックの実演を実現させたいと思い、その交渉をしました。
我々マジック愛好家の怒りを解ってもらうには、実演を見てもらうしかないと考えているからです。つまり、種を知らずにマジックを見た場合の感動が、種を知るとどう感じるのかということを実感して頂くと共に、それが実演する方に回った時に、「こんなに感動を与えることができたマジックが、種を明かされることによりできなくなってしまう悔しさ」がどんなものかを考えて頂きたいというのが、趣旨です。
一つ種を犠牲にすることになりますが(といっても法廷内でのみですが)、裁判官に解って頂くには、それ以外に方法がないように思います。
裁判官は、「検討します。」とのことでした。是非実現させたいと考えています。
ということで、尋問等の本件訴訟のハイライトは、次々回くらいになりそうです。
とりあえず、次回は、5月20日午前10時30分からです。
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金色のガッシュ!!...2008年03月25日
しばらく前から、クラシック音楽好きが高じて、また、友人の薦めもあり、「のだめカンタービレ」という漫画に嵌りました。いやはや、私の人生の中で、漫画というのはほとんど登場したことがなく、小学校時代の「ドラえもん」「ブラックジャック」「宮本武蔵」、高校時代の「ビーバップ・ハイスクール」以来の漫画体験でした。
先日、あるきっかけで、人気漫画家の「雷句誠」さんとお会いしました。恥ずかしながら、雷句さんの作品を読んだことがなかったため、漫画の内容についてお話しできなかったのが残念でした。
後で調べてみると、「金色のガッシュ」という連載をしており、単行本でもすでに32巻、テレビアニメ化までされているとのことでしたので、今日、たまたま本屋に寄った時に思い出して、1冊買って読んでみました。
「面白い!」
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主人公のガッシュという子どもが活躍するのですが、この子どもがおかっぱ頭で目がくりくりしてとっても可愛く、うちの息子にそっくり(笑)。また、この子どもがとっても熱い!!
これは、間違いなく嵌りそうな予感でした。
雷句さん、最近ブログを始められたとのことでした。とっても気さくな方ですが、なかなか熱い方でもあるようです(笑)。
アドレスを紹介しますので、もしよろしければ覗いてみてください。
http://88552772.at.webry.info/
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【マジック裁判】報告...2008年03月17日
3月11日に、日本テレビ、テレビ朝日相手の、マジック裁判の弁論手続が行われました。
アンケートに不備があったところに関して、まとめるというのが、こちら側の宿題でしたが、アンケート未提出者に再度アンケートをお願いしたものが、未だ回収できず、その分について次回持ち越しになりました。
こちらからアンケートの再提出をお願いした原告団の方、早急に提出の程、よろしくお願いいたします。
アンケートがないと、請求の理由がなくなってしまいますので、次回その方については、訴えを取り下げざるを得なくなります。ご了承ください。
さて、今回は、以下のような書面を提出してきました。主に、許される種明かしと許されない種明かしの境界について論じました。
何か判らないこと、或いはご意見等がありましたら、お気軽に書き込みあるいは、メールをください。
次回は、4月15日午前10時30分から、東京地裁615号法廷です。
原告団長の藤山新太郎さんもまた、出席してくださいます。裁判終了後、皆さんで懇親ができればと思います。是非、ご参加ください。
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平成19年(ワ)第10875号 損害賠償等請求事件
平成19年(ワ)第18783号 損害賠償等請求事件
原 告 ら 土 戸 直 哉 外104名
被 告 ら 日本テレビ放送網株式会社 外1名
原告第3準備書面
平成20年2月29日
東京地方裁判所民事第25部甲1A係御中
原告ら訴訟代理人弁護士 小 野 智 彦
第1 ギミックコインの価値についての補足
1 被告日本テレビは、「ギミック部分の価値」ないし「魔法を起こせる付加価値」について、パブリック・ドメインに属することを根拠に経済的には「0円」として、恰も原告らに経済的な損害がないかのごときまやかしの主張を繰り返している。
しかしながら、原告らは、1枚のコインに対して、数千円あるいは数万円を投じているのである。ギミックコインが取引市場にある限り、需要と供給のバランスの中で、価格が設定され、お互いの自由意思の中で設定された価格に金銭を投じるのは、実に資本主義自由経済のもとでは当然の話であり、パブリック・ドメインに属しているかどうかとは、全く次元を異にするものである。
知的財産権そのものを考えたときに、原価に上乗せされる価値は、その発案者に帰属されるべきであり、その上乗せされた価値が発案者以外の第三者に帰属されることは、いわゆる海賊コピーなどのケースの場合、第三者の側の抗弁として、パブリック・ドメインであることを主張する余地はあろう。
しかしながら、本件で問題となっているギミックコインは、いうならばパブリック・ドメインであることを前提に、供給側が原価を大幅に上回る価格を設定し、需要側(原告ら)がその価格を納得の上で支払ったものであり、それによって、供給側が儲けることは何ら法的には問題ない。
種が知られていない、という暗黙の了解のうちに、「ギミックコインの価値」ないし「魔法を起こせる付加価値」に期待して、供給側の設定した高額な料金を支払って、ギミックコインを所有している以上、このような「ギミックコインの価値」ないし「魔法を起こせる付加価値」が、こともあろうに公の電波を使って、不用意な種暴露をされることによって、ギミックコインを使ったマジックを演じる機会が極端に減ったどころか、演じること自体が不可能となったことは疑いようがなく、これをもって財産的価値の減損と称したまでである。
被告日本テレビは、意図的に「パブリック・ドメイン」を引き合いに出し、知的財産権特有の議論に引きずり込もうとする、論点のすり替えを行っているものである。
2 70%についての説明
客観的に、ギミックコインの付加価値が70%といえる根拠というのは、正直なところ難しいと言わざるを得ない。
訴状で述べた「ギミックコイン所有者意見の平均値」、第1準備書面で述べた「製造業者の卸値プラスアルファ」等の説明は、それなりに説得力があるものと思われる。
本来であれば、例えば、500円玉のエキスパンデットシェルであれば、1枚のコインの中身をくり抜いているだけであるから、材料費は500円である。フォールディングコインやシガレットスルーコイン、バイツアウトコインであれば、500円玉を2枚を形が合うように削り、恰も1枚であるかのごとき組み合わせによって、ギミックコインができあがっており、これらに関しては材料費は1000円である。
ギミックコインの所有者にしてみれば、材料費以外はすべてギミックであるがゆえの価値に相当すると考えるのが、最も単純といえる。しかしながら、このようなギミックコインを実際に製造した業者の仕事に対する感心、このような珍しいコインを所有しているという所有欲を満たしている部分、10年後にまた使用できるかも知れないという淡い期待等々から、材料費プラスアルファの部分に見いだす価値は、人それぞれによって異なるのは至極当然のことである。
であれば、既に述べた説明によって、付加価値が70%と算定することは、むしろ合理的な算定であると考える。
3 取引価格について
被告日本テレビは、準備書面(4)において、本件報道によってギミックコインの取引価格がかえって上昇していることを根拠に、原告らの損害がないことを主張するようであるが、誠に身勝手な主張である。
本件報道がもたらしたものは、「日本円によるギミックコインは法に触れるやばいものである。」ということを世間に知らしめ、それにかこつけて得意げに種を暴露したことにある。この際、種の暴露についてはおいておくとして、少なくとも本件報道の後、日本円によるギミックコインは、正規のルートでは手に入らなくなった。被告らが調査しているようなマジックショップは、軒並み日本円のギミックコインの取り扱いを中止した。
現在手にはいるとすれば、被告日本テレビが調査したとおり、ヤフーオークションくらいであろう。手に入らないと思えば、どうしても欲しい人はいくらお金を出してでも手に入れる。アンダーグランドで取引されるようになれば、供給者間のバランスも崩れることから、当然に値段もつり上がる。かといって、被告らによって「違法な存在」とレッテルを貼られた日本円のギミックコインを、価格が上がったからと言って、ヤフーオークションに所持者が出品するのが通常である、といえるのであれば、確かに被告日本テレビの主張は成り立つ。しかしながら、「違法な存在」とのレッテルを付けられたものをヤフーオークションに出品するような不道徳な人間はむしろ少数であり、事実、本訴原告らのギミックコイン所有者は、誰一人としてオークションに出品したものはいない。
被告日本テレビの取引価格についての主張は、いかにもナンセンスである。
4 なお、被告テレビ朝日が、準備書面(1)において、「そもそも本件コインは、いずれも貨幣損傷等取締法違反の違法行為によりマジック用コインとして加工されたもので、社会的にその存在及び価値を肯定することができないものである。したがって、仮に本件コインのマジック用コインとしての使用価値が減殺されたとしても、原告らに損害が発生したということはできない。」との主張は、上記補足説明からして、全く見当はずれのものである。また、そもそも本件で問題としているギミックコインは、日本円に限るものではなく、その意味でも的はずれである。
第2 種明かしについて
1 被告らは、手品の種は調べれば分かるし、道具を購入すればついてくるものだし、「絶対的な秘密」には当たらず、種明かしは「秘密の暴露」には当たらない、との主張を相変わらずしている。しかしながら、「種明かし」には、大きく分けると3つの意義があり、それらを混同して使用しているものであることから、この点について考察することとする。
2 種明かしの意義
種明かしには、①いわゆる「レクチャー」と言われるものであり、特定のマジックを習いたいという人に、通常有料で教授する場合(教授の態様は、講習会方式、本による場合、DVDによる場合等がある)、②手品の道具(ネタ)等を購入したときに付いてくる「解説」、そして、③単なる「暴露」の場合(興味本位の場合を含む)が挙げられる。特に③の場合を、英語では「exposure」と表現しており、言い得て妙である。
(1)①について
乙イ1、乙イ4、乙ロ9は、これに分類される。特に乙イ4、乙ロ9に掲げられている「コインマジック事典」は、日本においては、コインマジックを学習する上で必携、必読の書であり、この本を手にして初めてギミックコインの存在や各種技法の存在を知ることになる。但し、いずれも外国のコインを基準に説明してあり、日本円のギミックがあることは明かされていない。大手書店でしか手に入らない。
乙イ1については、初心者用の入門書であり、一般の書店にて販売されたとしても、プロマジシャンやマニアのアマチュアマジシャンにとって、その活動の妨害になるようなものではなく、むしろ、マジックを啓蒙する上で、それに必然的に伴う種明かしとして、奇術界においてその種が明かされることが暗黙のうちに了解されているような内容のものである。
さらに、マニアやプロマジシャン向けの講習会やDVD、書籍の販売等もされる。これらは一般書店では手に入らず、また、DVDもレンタル屋で借りられず、値段も高額になる。
このように、実際にマジックを演じたい、真剣に勉強したいという方に対して、有料にて、その段階に応じた種を教授することは、全く問題がない。それを学習した人は、当然に演じようとするマジックの種を自ら暴露するはずがないからである。なぜなら、観客が驚いてくれなくなるからである。
被告らの行った種明かしとは、明らかに次元を異にするものであり、これと同列に論じようとする被告らの考え方は、全く理解できない。
(2)②について
道具を買って、「解説」がないのでは意味がないのは当然である。プラモデルを買って、その作り方についての「説明書」がなければ作れないのと同じである。パソコンを買って、操作の仕方についての「説明書」がないのと同じである。当然に許される種明かしである。
また、手品の道具の使い方を知っている人に「解説」が不要なことは、既にプラモデルの作り方やパソコンの操作の仕方について知っている人にとって、「説明書」が不要なことと同様である。だからといって、「説明書」は入らないからその分値段を下げろ、という訳にもいかないことも、同様である。
乙イ6の1、乙ロ3~8の説明書については、これに分類される。
被告らの行った種明かしとは、明らかに次元を異にするものであり、これと同列に論じようとする被告らの考え方は、全く理解できない。
(3)③について
世界の2大マジック協会である、IBM(International Brotherhood of Magicians)およびSAM(The Society of American Magicians)が共同で承認している倫理規定には、
「(1)奇術のあらゆる原理や、奇術の現象・イリュージョンに用いられる手段を、故意に世間に暴露することに反対する。」と条文化されている。
また、全世界で有名なアメリカの会員制マジッククラブである、マジックキャッスルの倫理規定には、
「1.マジックに使用されるあらゆる原理や方法が、いかなる口頭、書面、電子コミュニケーション手段においても故意かつ不必要に一般へ種明かしされることに反対する。」とある。
つまり、上記①、②に該当しないものは、これに分類されるのである。乙イ2は、その典型である。また、訴状にて紹介した、2001年6月16日から被告日本テレビにてシリーズ化して放送された、「噂の覆面マジシャンが禁断のトリック大暴露」などという番組を放映したのも、まさにこの典型である。
なぜパブリック・ドメインになっている手品の種も含めて、不必要な暴露にマジシャン達が反対するのかと言えば、マジシャンはその秘密(種)を手に入れる為に労力を使うし、財力も使うのである。手に入れた後も労力を使って、手順構成をするからなのである。
レクチャー、あるいは道具を買ったときの解説によって秘密を手に入れた場合、誰も損害を被るものはいない。しかしながら、そのような態様ではなく、一般人が欲してもいないのに、ただ興味本位で種を「暴露」されたら、マジシャンにとって迷惑この上ない話であるし、一般人にとっても手品が楽しく見られなくなるという被害を被ることとなる。
本件の被告らによる報道は、まさにマジシャンにとっても、一般人にとっても迷惑なものであり、被告らのみの自己満足による報道であり、その種明かしの態様は、「暴露」以外の何ものでもなかったのである。
エンターテイメントとして確立されているマジックは、種の秘密が守られて初めて成り立つものであり、安易な種明かしをもって「正当な業務行為」というのでは、マジック業界は常にマスコミの脅威によって怯えなければならなくなるのである。
なぜ、種明かしがいけないのか、については、「マジック種明かしの真実」と題する書面において、ウォルター・ブラニー氏によって紹介されているあるマジシャンからの手紙の内容が参考になる。
2 先に紹介した、「噂の覆面マジシャン」による種暴露については、実は世界中で問題になったし、被告日本テレビも当然知っているものと思われる。
この覆面マジシャンは、ヴァレンチノという名のブラジル出身のマジシャンであったが、このことをきっかけにブラジル連邦警察によって拘留の上、国外退去処分にさせられた経緯がある。
アメリカにおいても、このヴァレンチノの暴露が番組で放送されたことに伴い、世界のマジシャンの代表である、ジョエル・バウアーが、公開のテレビ番組でヴァレンチノと対決し、現職の裁判官であるラリー・エルダーがその番組の中で、裁きを下すという、「モラル法廷」という番組が2001年5月に放送された。
同裁判官のコメントの中で、先の「暴露」が何故行けないのかについて、端的に触れている箇所があるため、ここに引用する。
「ジョエルがいい指摘をしましたが、あなたが公開してきた''ネタ''というのは、一生懸命努力すれば手に入れることができるものです。この、''一生懸命努力する''というのが大切なキーポイントです。''一生懸命努力する''ということとはどういうことか。マジシャンたちは、それこそ何百時間もかけて芸を完成させようとします。そして努力する理由は、マジシャンたちがマジックの持つ不思議さを保ちたいからなのです。」
結局、同番組の中で、ヴァレンチノは、2000ドルの支払いを命じられることになった(「ヴァレンチノ対マジシャンたちの『モラル法廷』での判決」と題する書面参照)。
本裁判においても、十分に参考になる内容である。
第3 原告らマジシャンに対する人格権侵害について
原告らは名誉毀損のみを主張しているわけではない。今回の、被告らによる不当な種暴露により、原告らをはじめとするマジシャンは、怒りを表しているのである。
これまで、様々な形で、TV局の番組によって、種が明かされてきたし、それに対して各マジシャンが苦情を申し立てたり、異議を申し立てたりしてきたが、本件のごとく裁判にまでなることはなかった。というのも、エンターテイメントとして番組が作成されたり、あるいは、教育目的で番組が構成されたりという面も少なからずあり、あるいは、番組作成にマジシャンの関与があったり、マジシャン自身による種明かしであったりということがあり、それぞれが怒りを抑えて裁判沙汰にはしてこなかった。
しかしながら、本件では100名以上のマジシャンが立ち上がった。つまり、「受忍限度を超えた」のである。被告らの放映した番組を見て、どれだけのマジシャンが愕然とし、怒りを覚えたか。そして、立ち上がり本訴に至ったのである。
被告らはこのような自体を招くことを全く予想だにしなかったのだろうか。そして、犯罪報道とは関係のない種明かしを得意げに報道して、何が「正当な行為」なのだろうか。刑事事件における被疑事実は、あくまでも「貨幣を損傷」したことであるのに、その損傷した貨幣の形態を撮影・放映するくらいならまだしも、それにかこつけてマジックの種を説明することは、明らかに「相当な範囲」を超えるものである。真に報道の為に、その種明かしがどれほど必要不可欠なものであったかを、原告らに納得がいくように説明を求める次第である。
第4 被告日本テレビの指摘するアンケートの疑問点について
前回の口頭弁論終了後、指摘されたところに関しては、電話にて聞き取ったり、資料を送ってもらったり、アンケートの再提出を依頼したりしたが、今日現在、未だ該当者全員からの回答が戻ってきていない為、今しばらくお時間をいただきたい。
アンケート未提出の方の訴えの取り下げ等も含めて、検討のうえ次回までに提出する。
なお、アンケートにおいて手品歴の欄を設けたのは、あくまでも参考までであり、手品を愛する心にその歴が関係しないことは明きらかである。
以 上
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「私の命です」のお婆ちゃん(続編)...2008年02月12日
先日、「私の命」とおっしゃって息を引き取ったお婆ちゃんの元夫が、そのお婆ちゃんを追うようにして他界した。
実は、この方、私が顧問を務めていた出版会社の社長さん。経営が傾き始めた時期に私が顧問に就任し、かれこれ7年くらいになろうか。
ワンマンの強面社長として、出版業界では有名だった。
経営が傾き始めれば当然にお金はなくなる。製版や印刷の仕事に納得がいかないと、その代金を支払わない・・・という手法をとり、そのために裁判になって私が出ていく事もしばしばあった。
確かに、裁判を担当したときにみた、本の内容は、「誰が買うんだ?」というようなデザインであり、内容であったため、このような事態になるのもやむを得ないと思うが、もともと安い料金で製版や印刷をやってもらっていることから、業者さんのモチベーションの問題としてもやむを得ないのかなとも思ったりしていた。
とはいえ、本の世界は、インターネット全盛の中、よっぽどの本を作らない限り、不況から抜け出せないままのようだ。
そんな社長(今年83歳)も、私の前では、実に好々爺であり、何かにつけては事務所に電話がかかってきた。「先生、最近電話くれないけど、元気なの?」「たまには一緒にご飯でも食べましょうよ。」「ちょっと腹の立つ一件があったので、聞いてくれませんか?」等々。泣く子も黙る強面社長の面を私は最後までお目にかからずじまいだった。
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この社長、お父様は有名なコックであり、皇族御用達のホテルの料理長だった。若くして亡くなったようだが、その折りの葬儀は、それはそれは壮大だったとのこと。まだ、戦前の話し。
社長は、海軍のある研究所に配属。無線等を操っていたそうだ。良く、戦艦大和の話などもしていただいたが、残念ながら余り覚えていない。
戦後は、台湾生まれで中国語がしゃべれるとのことで、中国や韓国を相手に貿易(といっても薬の闇取引のようなもの)を行い、大もうけしたり、大損をしたり・・・
そんななんか、例のお婆ちゃんと知り合ったそうだ。そのお婆ちゃんは、ある地方の名士の出で、大変なお金持ちだった。結婚するや、お婆ちゃんの実家から、高級外車を買ってもらい、昭和20年代にして、外車を乗り回していたそうだ。
そんな破天荒な社長だったため、そのお婆ちゃんは相当苦労したようだ。お金がなくなると、お婆ちゃんの実家から引っ張るわ引っ張るわ。結局、この関係は、双方が亡くなる間際まで続く事になる。
酒はやらないが、若い頃は無類の女好きだったようだ。お婆ちゃんは、離婚して20年以上経つにもかかわらず、社長の入院先に会社の事務の女性が見舞いに来ているだけで、「囲ってるんじゃなかろうか・・・」と、怒っていた。もしかしたら、焼き餅だったのかも知れない・・・
この二人、顔を合わせれば喧嘩をしていた。私の前でも罵りあいだった。良く仲裁に入ったものだ。
アル中の息子がいた。社長の会社で、その息子を雇う事にした。それまで地方で離れて暮らしていたお婆ちゃんも、息子が心配で一緒に上京してきた。かれこれ、20年近くなろうか。
そんな息子が、昨年、急な発作で亡くなった。
お婆ちゃんは、息子の骨をもって郷里へ帰るはずだった。しかし、社長が労災の適用を主張して、頑張った。その頑張りは報われた。
ようやく帰れると思った。すると、先日書いた、抵当権の裁判を起こされた。すぐにも決着がつくような案件だったが、相手方がいたずらに期日を延ばし、1審判決がでているものの、未だに控訴審に係属中である。
とはいえ、1審で勝訴判決がでるかでないかのころに、社長が入院。最初は膀胱癌と診断されたが、治療の末きれいになったと言われていた矢先、「足が痛い」とのことで、みのもんたの腰痛を一発出直したという医者に手術をしてもらう。しかしながら、全身転移が見つかる。
手術を経た社長は、みるみるうちに弱っていき、あっという間に寝たきりになってしまう。それでも、お見舞いに行くと、出ない声を一生懸命だしながら、裁判の心配をしたり、お婆ちゃんの心配をしたり、会社の心配をしたり。
すでに、会社は不渡りを2回以上だし、倒産状態であり、売り掛けもなければ何もない状況で、誰か心ある方が出版社を買い取ってくれることを期待し、待っているだけの状態だったが、なかなか思うようにいかない。
お婆ちゃんも、重い腰を上げて、社長の見舞いに行くようになる。腰が曲がって、歩行もままならないお婆ちゃんが、自宅から結構距離のあるところまで、一生懸命に見舞いに行く姿は、想像するに難くない。
病室で一緒になった事があったが、「水呑むか?」「何か食べるか?」「下着、洗濯してきたよ。」と献身的に動く姿は、元夫婦だった事を彷彿とさせた。
社長が入院して、3ヶ月くらいしたところで、社長自身も二度と帰れないと自覚。それまでは、「勝訴判決ありがとう。祝勝会でもやりましょう。」などと時折笑顔で話しをしていたが、もう観念したようだった。
会社で借りている事務所がそのままになっており、経費もかさむばかり。引き継ぎたいと言う人もおらず。ようやく、事務所をたたんで、明け渡す事を決意した。
年末になり、元社員、お婆ちゃん、業者さん、地方から出てきたもう一人の息子さんと協力して、明け渡しのための作業が始まった。社長は、何時逝ってもおかしくない状態になっていた。
お婆ちゃんが責任を感じて、一生懸命働いた。息子さんも一生懸命働いた。元社員の方も、なかば社長から追い出された格好で辞めていったにもかかわらず、献身的に働いてくれた。
明け渡しの目処が立ったのが、もう年の瀬。「それではよいお年を。」とのことで、新年を迎えたら、お婆ちゃんが倒れ、肺ガンの末期との宣告。
結局、お婆ちゃんがそのままこの世を去り、あたかも、そのお婆ちゃんの後を追うようにして、社長がこの世を去った。きっと、社長は、このお婆ちゃんがいないと、何も出来ないのだろう。お婆ちゃん、一人になれてホッとしたのもつかの間、もう、社長に捕まっているのかと思うと不憫でならない。でも、これが運命なのだろうか。
でも、一番不憫なのは、もう一人の息子さんだった。ここ1年強の間に、兄を亡くし、母を亡くし、父を亡くし、独りぼっちになってしまった。
そんな彼が喪主になって、明日、社長の葬儀が行われる。
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埼玉医大教授らへの、謝礼金返還訴訟の判決...2008年01月30日
以前、ブログにも書きましたが(2006年4月6日付)、その裁判の判決の言い渡しが、1月24日にさいたま地方裁判所川越支部においてありました。
結論的には、請求棄却であり、敗訴判決でした。
http://mainichi.jp/area/saitama/news/20080125ddlk11040333000c.html
http://www.saitama-np.co.jp/news01/25/08x.html
こちら側主張の事実と裁判所が認定した事実との食い違い、法の解釈についての意見の相違、2点において不満の残る内容です。詳細と私の意見を記します。
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ひとつは、依頼者が大学側に渡した金員の性格。こちら側は、卒業内定に対する謝礼金としてと言う主張。相手は、裏口卒業を迫る不法原因給付であるとの主張。
相手側は、数百万円というお金を受け取っておいて、また、2年も手元に置いておいて、良くもまぁ、こんな事が言えるなぁというのが実感であるが、判決は結局卒業内定の事実を認定できないとして、息子さんの「卒業を強く希望する原告が被告らに対して、積極的に現金を交付したものと認定するのが相当である。」とした。ある意味、裏口卒業目的のお金を、被告らが受け取ったという事実を公に認められた形であり、これはこれで社会問題であろう。
もうひとつは、大学側と交渉が決裂し、喧嘩別れになった途端に、先の現金が依頼者の自宅ポストに投げ入れられたという事実のとらえ方である。
こちら側は、確かに投げ入れた人が名乗った名字を聞くのは聞いたが、同一人物という確証はなく、不安だったため警察を呼び、不審物ということで中身を調べてもらうと、現金が入っていた。警察にそのまま拾得物として届け、警察から大学側へ確認が行くも、結局拾得物扱いのまま、半年経過後に依頼者がこのお金を「拾得物」として、遺失物法に基づいて「原始取得」した。「原始取得」というのは、誰かから譲り受けた「承継取得」と対置される言葉であり、突然ふっと沸いてきたもので、誰からも譲り受けたものではないという、法律用語である。
従って、仮に大学側の誰かが投げ入れたものであったとしても、大学側が不当に得た「利得」は、依頼者に「返還」されたものではないことから、法的には不当利得返還請求権がなお存在する、との主張をした。
これに対し、大学側は、
① そもそも、お金は無理矢理おいていかれたものでやむなく預かったに過ぎないから、給付ないし被告らの計算による利得はない。
② 最終的には被告らに預けた金員を被告らの一人をとおして返還を受けているから、こちら側に損失はないから、被告らにも利得はない。
と反論。
これに対して判決は、
①不当利得における利得が認められるには、一定の事実の発生した前後において財産状態の増加があればよく、その財産を自己の物として利用するまでは要求されていない。そして、・・・事実によれば、被告らは原告から現金の交付を受けた事実が認められるから、その時点で、被告らの利得があったと認めるのが相当である。」として被告の主張を排斥しました。これはもっともなことです。しかしながら、
②「原告は、被告○○が原告が被告らに対して交付した現金を返還する目的で現金が入った封筒を原告の自宅敷地内の門扉脇ポストの中に入れたことを認識しつつ、あえて遺失物として警察署に届けているのであるから、被告○○が原告の自宅の門扉脇ポストに現金を入れた時点で、原告は被告○○を通して被告らに対して交付した現金の返還を受けたと認めるのが相当である。したがって、この時点で原告の損失はなくなり、また、この現金は、被告らの出えんによるものであるから、被告らに利得はなくなったと認められる。仮に、上記時点において原告に損失がなくなっていないとしても、少なくとも原告が遺失物の拾得者として310万円を取得した時点で原告に損失はなくなったと認められる。この点、原告は原告が現在所持している310万円は、遺失物拾得者としての地位に基づいて取得するに至ったものであるから、そもそも原告は被告の損失に対応する利得を得たとはいえない旨主張する。しかしながら、ここで問題とすべきは原告の損失(または被告の利得)の存否であるから、原告が被告らの損失に対応する利得を得たか否かを問題とする原告の主張は独自の見解であり採用できない。」として、こちら側の主張を排斥した。
ここは多いに疑問である。そもそも、不当利得の要件として、原告の損失に対応する被告の利得が必要となるのに、なぜ逆の場合はこの要件が不要になるのか。そもそも、相手方は、警察からの問い合わせに対して、「310万円については拾得物扱いで結構。」と申告しているのである。要は、「あのお金は要らない。所有権は放棄する。捨てたものである。」という意思表示をしているのである。「被告らの出えんによる」とはどう見ても評価し得ない。なぜなら捨てたものなのだから。
なのに、こちら側が「返せ」といえば、「やっぱり自分のものだった」と所有権の復活を主張したのであり、それを裁判所が追認したのである。これは理屈としておかしい。結論的な妥当性についてはよくわからないが、理論的な妥当性については、全く納得できない内容である。もう少し、詳細な理由を理論的に書いて欲しかったところである。
一法律家としては、この点についての高裁、最高裁の見解を是非聞いてみたいところである。引き続き控訴するかどうか、依頼者と検討中である。
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